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藤田善導寺。寄居町末野にある浄土宗寺院

藤田善導寺の概要

浄土宗寺院の藤田善導寺は、白狐山悟真善導寺院と号し、藤田善導寺・藤田の檀林とも呼ばれます。藤田善導寺は、永仁5年(1297年)に藤田持阿良心上人が創建、武蔵七党猪俣党の支流である藤田氏の菩提寺だったといいます。天正18年(1590年)豊臣秀吉と後北条氏との戦火により頽廃したものの、照蓮社寂誉遵道上人が再興したといいます。武州寄居十二支守り本尊霊場の子札所です。

藤田善導寺
藤田善導寺の概要
山号 白狐山
院号 悟真院
寺号 善導寺
住所 寄居町末野1686
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
葬儀・墓地 -
備考 武州寄居十二支守り本尊霊場の子札所



藤田善導寺の縁起

藤田善導寺は、永仁5年(1297年)に藤田持阿良心上人が創建、武蔵七党猪俣党の支流である藤田氏の菩提寺だったといいます。天正18年(1590年)豊臣秀吉と後北条氏との戦火により頽廃したものの、照蓮社寂誉遵道上人が再興したといいます。藤田持阿上人は用土蓮光寺や花園常光寺等を開山、照蓮社寂誉上人は、円光山源照寺や広博山大運寺を開山、熊谷寺等の住持を務めたという名僧です。

寄居町・埼玉県掲示による藤田善導寺の縁起

藤田善導寺
浄土宗の寺であり白狐山悟真院善導寺といい、別名を藤田道場、又は藤田の檀林といいます。建物は、本堂を中心に山門、稲荷社、観音堂、大玄門からなります。
中世の武蔵七党猪俣党の支流である藤田氏の菩提寺であります。
この寺は、永仁5年(1297年)に藤田持阿良心上人により創建され、武蔵国における藤田派の中心の寺院として栄えました。また天文年間(1532年頃)になって、督蓮社法誉聴上人が花園城主の藤田康邦の後援を受けて復興し、鉢形城主の北条氏邦も帰依して繁栄したが、天正18年(1590年)豊臣秀吉の後北条氏攻略の軍勢による兵火の為に破壊され衰退しました。
徳川家康入府の後、川越から照蓮社寂誉遵道上人が来て再興したので、これを中興としています。
本尊として室町中期の作の阿弥陀如来を安置し、本堂と無常門は寛延3年(1750年)に建築されました。堂内には寛延6年には金竜斉信の絵画「百人一首画格天井」があり、また、平安時代末期作の木造釈迦如来像とも寄居町文化財に指定されています。
寺宝として、江戸時代初期の雄誉霊厳上人の書「一枚起請文」の掛軸があります。(寄居町・埼玉県掲示より)

新編武蔵風土記稿による藤田善導寺の縁起

(末野村)善導寺
浄土宗、京都知恩院末、白狐山悟真院或は藤田道場、又は藤田の檀林とも号す、開山持阿は諱を良心と云、藤田の産なり、父を刑部行重と云、心弱齢の時性真上人に投じて薙染し、弘安の頃記主禅師に随侍す、道徳積て後諸国に寺院を開きしも少なからず、其年六月五日寂せり、此持阿は碩学高徳の聞ありて、其流末を今も藤田派と号する程の事なれば経歴せし所々皆奮蹟と云所あり、必しも当寺の奮蹟と云にはあらざるべし、児玉郡安保の城主某上人を帰依し、那賀郡廣木村大佛村を寺領として寄附ありしが、其後又漸く衰廃せしを藤田康邦再興し、夫より北条氏邦に至る迄帰依せしが後又堂舎も破壊に及び、続に草堂を結び今の本尊を安置せしが、御入国の後河越より僧寂誉遵道来て、又興隆せり、此僧高徳たるにより、東照宮御帰依有て屡御懇命ありし由、寛永十年三月七日寂、是を中興とす、本尊弥陀、恵心作。
鐘楼。延享二年鋳造の鐘をかく。
観音堂。(新編武蔵風土記稿より)


藤田善導寺所蔵の文化財

  • 木造釈迦如来坐像(寄居町指定文化財)
  • 百人一種画格天井(寄居町指定文化財)

木造釈迦如来坐像

本堂の右奥にある仏像は、当寺に伝来した釈迦如来坐像で、像高50.4センチメートルである。
この仏像は、頭部や扁平気味な丸顔の面部、小ぶりな目鼻だち、撫肩、奥行の浅い前かがみの体形と薄い膝前、それを包む衲衣にも彫の浅い平行状の衣文を配する定朝様式に代表される平安時代・藤原期の伝統をよく伝えている。
残念なことに後世の補修が所々に見受けられるが、製作時期は、十二世紀の末頃の造立と推定され、当町域最古の平安時代の仏像の一例である。(寄居町教育委員会掲示より)

百人一種画格天井

本堂天井には、一辺約85センチメートルの正方形の桐材の一枚板百枚に、百人一首を題材として、一枚毎に歌人の肖像画と作歌を記載してある。歌の字体は、江戸時代に流行となった「御家流」と呼ばれている字体である。また、このほか、八枚の板に龍の絵が描かれており、その龍の絵の内一枚には、製作年代と製作者の銘が記載されている。
作者は狩野派(中橋)正信の子孫、宗信である。製作年代は、寛永六年(1629)とあり、善導寺再建の時期に合わせて製作したと考えられるが保存が良く、現在も大変色鮮やかに残っている。(寄居町教育委員会掲示より)


藤田善導寺の周辺図


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