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東福寺。所沢市本郷にある真言宗豊山派寺院

東福寺の概要

真言宗豊山派寺院の東福寺は、成田山観音院と号します。東福寺の創建年代等は不詳ながら、天平勝寶元年(聖武天皇)に行基菩薩が創建、聖寶尊師(延喜9年909年寂)が開祖となったと伝えられ、明治時代には應和(961-964)・康保・安和・永祚年間の古碑が現存していたといいます。

東福寺
東福寺の概要
山号 成田山
院号 観音院
寺号 東福寺
住所 所沢市本郷764
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 -



東福寺の縁起

東福寺の創建年代等は不詳ながら、天平勝寶元年(聖武天皇)に行基菩薩が創建、聖寶尊師(延喜9年909年寂)が開祖となったと伝えられ、明治時代には應和(961-964)・康保・安和・永祚年間の古碑が現存していたといいます。

新編武蔵風土記稿による東福寺の縁起

(本郷村)東福寺
曹洞宗、多磨郡青梅村金剛寺末、永木山と號す、本尊不動行基の作なりと云、木の坐像長八寸許、當寺は古き寺院なりと云傳ふ。
阿彌陀堂
彌陀は坐像にて長五尺許、此も行基の作なりと云。(新編武蔵風土記稿より)

「所沢市史(社寺編)」による東福寺の縁起

當寺確乎タル古記等傳フル無シ、今散書ヲ閲シ古老ノ口碑ニ因ルニ、天平二十一年二月三日(天平勝寶元年也)菅原寺行基菩薩當山開基ト、然ルニ開祖聖寶尊師延喜九年七月六日入寂云々有リ、或ハ行基ノ創立セシ後微々トシ百數十年ヲ経過シ、昌泰・延喜年間聖寶之ヲ擴張シテ開祖ト爲リシカ未タ詳ナラス、應和・康保・安和・永祚年間ノ古碑今現存スルニヨレハ聖寶開祖タルノ音信ス可キ有リ、降テ中興法流開山ト稱スル観真元禄十二年十二月十一日入寂ノ證アリ、當寺聖寶以来他宗ニアルヲ観真ニ至リ當寺ノ宗ニ改シカ、住職ノ世數観真ヨリ起リテ今十七世ニ至リ、其他不詳。(「所沢市史(社寺編)」より)

東福寺所蔵の文化財

木造阿弥陀如来坐像

東福寺の木造阿弥陀如来坐像は、二材以上を組み合わせて造る寄木造りという技法で造られています。制作年代は、胴部の様式により鎌倉から室町時代頃と推定され、江戸時代の寛文十一年(一六七一)に頭部や指などが修理されたと思われる銘文が、頭部内側に墨書されています。
高さは一三四・八センチメートルで、像の下地には黒漆を塗り、金箔を漆で貼る技法が施されています。蓮の葉をかたどった台座に両足を交差させて座り、背後には頭部から発せられる光を表現した円形光背を付けています。頭頂部のふくらみは豊かな智慧を象徴し、前頭部の肉髻珠と呼ばれる突起物は水晶で仏の智慧の光を表しています。また、眉間にある慈しみの光を表す丸い突起物の白毫は木製で、目には内側から水晶がはめ込まれています。
阿弥陀如来は、極楽浄土の救主で、生あるすべてのものを救う仏とされ、この像の手の形である印相は、極楽浄土から迎えに来るときの形を表しています。(所沢市教育委員会掲示より)


東福寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「所沢市史(社寺編)」