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本郷氷川神社。所沢市本郷の神社

本郷氷川神社の概要

本郷氷川神社は、所沢市本郷にある氷川神社です。本郷氷川神社の創建年代等は不詳ながら、久瀬川家の屋敷鎮守として祀られていた八雲社だったといいます。明治41年、旧松井村大字下安松宇和田横道南に鎮座する村社氷川神社を合併、社号を氷川神社と改めて村社となったといいます。同年、当地の字神明原の神明社と境内社の稲荷社、字下前の八幡社、字西上の稲荷社を合祀したといいます。

本郷氷川神社
本郷氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 素盞嗚尊
相殿 天照大神、豊受大神、應神天皇
境内社 -
祭日 -
住所 所沢市本郷676
備考 -



本郷氷川神社の由緒

本郷氷川神社の創建年代等は不詳ながら、久瀬川家の屋敷鎮守として祀られていた八雲社だったといいます。明治41年、旧松井村大字下安松宇和田横道南に鎮座する村社氷川神社を合併、社号を氷川神社と改めて村社となったといいます。同年、当地の字神明原の神明社と境内社の稲荷社、字下前の八幡社、字西上の稲荷社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による本郷氷川神社の由緒

(坂下村)氷川神社
稲荷社
神明社
八幡社
以上の三社共に東福寺の持なり
(下安松村)氷川社
本郷村の鎮守なり、以上六社(註:下安松村にある六社)は村民の持 (新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による本郷氷川神社の由緒

氷川神社<所沢市本郷六七六(本郷字東前)>
当社は、この村の旧家である久瀬川家の屋敷鎮守であった八雲社が、後に村持ちとなったものである。
口碑に、次のような話がある。寛永年間、当村にコロリ(コレラ)がはやり、多くの村人が倒れた。この時、久瀬川家の一人暮らしの老婆が村人の不幸を見兼ねて次々と看病に回った。しかし、不思議なことに老婆には病が移らないので村人が何故うつらないのかと尋ねると、屋敷の天王様を信仰しているから病魔が近寄らないのだと答えた。このため、天王様を信仰するものが増え、村人も悪病にならぬように一心に拝んだという。また、病にかかると家族や近所の人たちがお百度と称して、裸足参りで神社の庭草を踏むと治るといわれた。
社地は、神社が村持ちとなるに当たり、氏子の久瀬川・山崎の両家持ちの山を切り崩して境内とした。社殿は真南を向き、氏子の健康を祈る様に村を見下ろせる地に鎮まる。
主祭神は素盞鳴命で、内陣には三河の方から背負って来たと伝えられる石棒を安置している。
明治四一年、旧松井村大字下安松宇和田横道南に鎮座する村社氷川神社を合併し、無格社であった当社は村社に昇格し、社号も氷川神社と改められた。加えて同年、当地の字神明原の神明社と境内社の稲荷社、字下前の八幡社、字西上の稲荷社を合祀した。(「埼玉の神社」より)

境内掲示による本郷氷川神社の由緒

氷川神社の祭神は素盞嗚尊、天照大神、豊受大神、應神天皇の四神である。
当社の創立年代は不詳であるが、以前は八雲社の名称で鎮座していた。明治二十六年九月二十七日に本殿を改築している。
明治四十一年四月三十日に松井村大字下安松字和田横道南の村社であった氷川神社を合祀し、無格社であった八雲社を村社に昇格、同時に社号を氷川神社と改称した。同年七月十七日に大字本郷字神明原の無格社であった神明社並びに同境内の稲荷神社、字下前の無格社であった八幡社、字西上の無格社であった稲荷神社を合祀し、現在に至っている。(埼玉県・所沢市掲示より)


本郷氷川神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)