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妙光寺。八潮市中央にある日蓮宗寺院

妙光寺の概要

日蓮宗寺院の妙光寺は、長光山と号します。妙光寺は、日正(永正4年1507年寂)が文明3年(1471)に開山したといいます。日正は、鴨川鏡忍寺五世、妙本寺別当本行院の十世となり、その後戸塚本行寺と根岸長遠寺を開山した名僧といいます。

妙光寺
妙光寺の概要
山号 長光山
院号 -
寺号 妙光寺
本尊 三宝祖師像
住所 八潮市中央3-19-2
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



妙光寺の縁起

妙光寺は、日正(永正4年1507年寂)が文明3年(1471)に開山したといいます。日正は、鴨川鏡忍寺五世、妙本寺別当本行院の十世となり、その後戸塚本行寺と根岸長遠寺(根岸妙蔵寺塔頭)を開山した名僧といいます。

新編武蔵風土記稿による妙光寺の縁起

(中馬場村)妙光寺
日蓮宗、池上本門寺の末、長光山と號す、開山日正永正四年九月朔日寂せり。本尊三寳祖師、祖師は日朗の作にて五寸許の坐像なり、像の後に弘安五年九月廿五日迄造立法師日朗と記し、殊勝の尊體なり。
稲荷社。
辨天社。(新編武蔵風土記稿より)

八潮市教育委員会掲示による妙光寺の縁起

馬場妙光寺は、文明三年(一四七一)に日正が開山した日蓮宗の寺院で、日蓮宗の本寺比企谷妙本寺池上本門寺の直末であった関係から、高僧の手になる多くの寺什を伝える。(八潮市教育委員会掲示より)

妙光寺所蔵の文化財

  • 福徳三年私年号曼荼羅(市指定有形文化財)
  • 幸田一族の墓域(市指定有形文化財)

福徳三年私年号曼荼羅

妙光寺開山の日正は、比企谷妙本寺七世日寿の弟子で、妙光寺を開山した後、鴨川鏡忍寺五世、妙本寺別当本行院の十世となり、その後戸塚本行寺と根岸長遠寺を開山して永正四年(一五〇七)九月一日に寂した。この日正筆の福徳三年(一四九一)「題目曼荼羅」は、「南無妙法蓮華経」の題目を中心に諸尊を配列し、それを日蓮宗独特の文字化して表したもので、本尊として崇められている。なお、福徳三年は地方の豪族・神社・寺院などで使われた私年号で、公式には延徳三年にあたる。(八潮市教育委員会掲示より)

幸田一族の墓域

旗本幸田一族は、寛永四年(一八六八)まで中馬場村の内一五〇石の領主であった。幸田家が妙光寺を葬地としたのは、宝暦八年(一七五八)頃で幸田親盈以降と思われる。幸田親盈(一六九一〜一七五八)は、江戸中期の算学者で関流中根元圭らに師事し、天文・暦などを研究し、「白山暦解義」六冊、「天文大成」、「八線表解義述意」などを著し、算学に多大な業績を残した。また、親盈の子親平は、算学者・歌学者として知られ、江戸幕府の勧請奉行を務めた。
幸田一族の墓域には、慶長十七年(一六一二)より明治元年(一八六八)の間の三四名が追埋葬されている。(八潮市教育委員会掲示より)


妙光寺の周辺図


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