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松之木稲荷神社。八潮市緑町の神社

松之木稲荷神社の概要

松之木稲荷神社は、八潮市緑町にある稲荷神社です。松之木稲荷神社の創建年代は不詳ですが、天正年間(1573-1592)に笠間稲荷を勧請して創建したと伝えられ、松之木村の鎮守社であったといいます。

松之木稲荷神社
松之木稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 宇賀之御魂命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 八潮市緑町3-19-2
備考 -



松之木稲荷神社の由緒

松之木稲荷神社の創建年代は不詳ですが、天正年間(1573-1592)に笠間稲荷を勧請して創建したと伝えられ、松之木村の鎮守社であったといいます。

新編武蔵風土記稿による松之木稲荷神社の由緒

(松之木村)稲荷社
村の鎮守なり、勝運寺の持
末社。辨天、天神。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による松之木稲荷神社の由緒

稲荷神社<八潮市松之木一七六(松之木字居村附)>
松之木は、古綾瀬川に沿った自然堤防上にある集落の一つで、その地名は、地内に松の大木が茂っていたことにちなむものという。その名残か、村の鎮守である当社や、村の人々の檀那寺であった勝運寺の境内には、古くから松が林を成していたが、都市化に伴い、これらの松林も目にできなくなってしまったのは寂しい限りである。
氏子の間では「当社は天正年間(一五七三-九二)に笠間稲荷から分祀したもの」と伝えられている。享保十五年(一七三〇)には、神祇管領吉田家により正一位の神位に叙せられた。
江戸時代は、『風土記稿』松之木村の項に「稲荷社、村の鎮守なり、勝運寺の持、末社、弁天、天神」と記されているように、当社の一五〇メートルほど東方にあった真言宗の勝運寺が別当であったが、勝運寺は神仏分離によって明治初年に廃寺になり、現在ではその跡地に公民館分館が建てられている。
かつては、当社の周辺に水田が一面に広がっていたが、昭和四十年ごろから宅地化が始まり、老朽化していた当社の社殿も昭和五十年に再建された。その後、区画整理が実施され、これに伴って参道の一部が市の公園(現在の松之木公園)の用地となり、代わりに道路に画した土地が境内地に編入されたため、境内の景観は一変してしまった。(「埼玉の神社」より)


松之木稲荷神社の周辺図


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