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明光寺。狭山市根岸にある真言宗智山派寺院

明光寺の概要

真言宗智山派寺院の明光寺は、高竹山光明院と号します。明光寺の創建年代は不詳ながら、「埼玉の神社」白鬚神社(根岸)項では、当寺が応和2年(962)の開山とも紹介されています。新編武蔵風土記稿では、明光(明応7年1498年寂)が開山、覺圓(元和元年1615年化)が中興開山したといい、天正19年(1591)には徳川家康より寺領5石の御朱印状を拝領したといいます。奥多摩新四国霊場八十八ヶ所44番です。

明光寺
明光寺の概要
山号 高竹山
院号 光明院
寺号 明光寺
住所 狭山市根岸2-5-1
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 -
備考 -



明光寺の縁起

明光寺の創建年代は不詳ながら、「埼玉の神社」白鬚神社(根岸)項では、当寺が応和2年(962)の開山とも紹介されています。新編武蔵風土記稿では、明光(明応7年1498年寂)が開山、覺圓(元和元年1615年化)が中興開山したといい、天正19年(1591)には徳川家康より寺領5石の御朱印状を拝領したといいます。

新編武蔵風土記稿による明光寺の縁起

(根岸村)明光寺
高竹山光明院と號す、新義真言宗、新堀村聖天院の末なり、開山明光明應七年二月廿三日寂す、中興開山覺圓元和元年正月廿一日化す、此覺圓は明光より七世の僧なりと云、本尊地蔵を安ず、天正十九年五石の御朱印を賜へり。
寺寶楊柳観音畫像一幅。牧渓が筆と云傳ふ。
深泉寺。塔頭なり、本尊薬師を安ず。
彌陀堂
稲荷社。(新編武蔵風土記稿より)


明光寺所蔵の文化財

  • 紙本地蔵十王図付他二幅・十三幅(狭山市指定文化財)

紙本地蔵十王図付他二幅・十三幅

この図は、地蔵菩薩像をはじめ、十王の像を別々に紙に極彩色で描いたものです。奪衣婆の図を含めて十二幅を組みにするのがよくみられますが、本寺のものは、さらに修羅の図も加えて十三幅になっています。
十王とは、冥界で亡者の罪を裁く十人の王で、秦広王(初七日)・初江王(二七日)・宗帝王(三七日)・五官王(四七日)・閻魔王(五七日)・変成王(六七日)・太山王(七七日)・平等王(百ヶ日)・都市王(一周忌)・五道転輪王(三回忌)のことです。
像容は一般的にはっきりとした規定がなく、本図には銘記がないため、個々の図が何王に当たるか判然としませんが、正面を向き、両眼をむきだして叱咤しているのが一般によく知られた閻魔王です。
作者及び年代は不明です。(狭山市教育委員会・狭山市文化財保護審議会掲示より)

明光寺の周辺図




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