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永源寺。坂戸市仲町にある曹洞宗寺院

永源寺の概要

曹洞宗寺院の永源寺は、長渓山と号します。永源寺は、島田次兵衛重次利秀(法名源翁永源庵主、慶長18年没)が、越生龍穏寺十四世大鐘良賀を招いて文禄元年(1592)創建、慶長18年(1613)に幕府より寺領24石の墨印状を拝領、寛永13年(1636)には御朱印状を拝領したといいます。寛文2年(1662年)嶋田忠政が長崎奉行を勤めた際、中国伝来の降誕釈尊仏などを永源寺に奉納、これを契機に釈迦降誕祭がはじめられ、文化10年(1813)には「花祭り」として開催され「坂戸のお釈迦さま」が広く知られるようになったといいます。

永源寺
永源寺の概要
山号 長渓山
院号 -
寺号 永源寺
本尊 釈迦牟尼如来座像
住所 坂戸市仲町12-69
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



永源寺の縁起

永源寺は、島田次兵衛重次利秀(法名源翁永源庵主、慶長18年没)が、越生龍穏寺十四世大鐘良賀を招いて文禄元年(1592)創建、慶長18年(1613)に幕府より寺領24石の墨印状を拝領、寛永13年には御朱印状を拝領したといいます。

新編武蔵風土記稿による永源寺の縁起

(坂戸村)永源寺
曹洞宗、越生龍穏寺の末、長渓山と號す、天正十八年嶋田次兵衛重次當村を賜りし後、慶長十二年重次の父左京亮某三河國より爰へ引移し、己が菩提所となしたれば、是を當寺の開基とせり、此人は慶長十八年五月十五日卒す、法名源翁永源庵主、開山は本山十四世大鐘良賀、慶長十九年正月二十八日寂せり、後寛文二年丙丁の災に罹りしを、明る三年嶋田出雲守再興せしと云り、寺領は坂戸郷の内新田二十四石を、慶長十八年台徳院殿より賜はれりと云。
表門裏門。この門は慶長年中佐竹左京大夫、當寺へ来りしことありしに、其時嶋田某俄に建しとて、土人佐竹門と云り、佐竹氏の来りしゆえんは知ず。
樓門。樓上に撞鐘をかく、延宝八年の銘を彫る。
本堂。本尊釋迦を安ず。
衆寮。虚空蔵を置り。
観音堂。七観音を安ぜり。
金毘羅秋葉合社、白山社。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による永源寺の縁起

永源寺の開基島田家は清和源氏の流れを汲み土岐光信より九代、満貞によって島田姓となった。
その昔、戦国動乱の天正十二年頃、徳川家康腹心の配下が関東各地に送り込まれた。その中の一人として、三河武士旗本島田次兵衛尉重次が坂戸とその近村を領有し統治した。
重次はこの坂戸の地を島田家一門の居住所と定め、折から松山城落城の落武者等を坂戸へ招き荒廃した土地を開拓し坂戸の開発と興隆につとめた。
文禄元年(一五九二)ここに一寺を建立して島田家代々の菩提所とし、すでに三河にて隠居し、入道永源と号していた父右京亮利秀を招じて開基とし、その号をとって永源寺の寺号とし、当時関三刹の越生龍ヶ谷の龍穏寺十四世大鐘良賀大和尚を請じて開山(初代住職)となした。
慶長十八年に徳川二代将軍秀忠公より寺領廿四石余の御墨印を賜わり、寛永十三年には御朱印に改められ代々廿四石余の寺領を拝領した。
万治三年、永源寺四世住職鉄心御州大和尚は大本山永平寺廿九世大覚仏海禅師として曹洞宗門最高の栄誉に昇進され、時の後西天皇より賜わった勅賜禅師号の御宸筆は現在永源寺の寺宝として大切に保存されている。(境内掲示より)


永源寺所蔵の文化財

  • 坂戸の釈迦降誕祭(坂戸市指定無形民俗文化財)

坂戸の釈迦降誕祭

永源寺は江戸時代に、徳川家に仕えた嶋田利秀入道永源が建てました。本堂の裏に、嶋田家代々のお墓があります。
このお寺では毎年五月に、「坂戸のお釈迦さま」として親しまれている釈迦降誕祭が行われます。この日は、お店や植木屋がたくさん出て、大いににぎわいます。
「坂戸のお釈迦さま」として親しまれている永源寺の釈迦降誕祭は、お釈迦さまの誕生日を祝うお祭りです。本堂前に設けられる花御堂の誕生仏に、竹のひしゃくで甘茶をかけて祈願する「花祭り」の行事で、毎年五月に行われます。
徳川家の重臣であった嶋田家は、徳川家康の関東入城に従い、坂戸を初領地として与えられました。慶長八年(一六〇三年)嶋田利秀入道永源が、嶋田家の菩提寺として永源寺を創建しました。以降、嶋田家は江戸幕府の要職を歴任しましたが、寛文二年(一六六二年)嶋田忠政が長崎奉行を勤めたとき、中国伝来の降誕釈尊仏などを永源寺に納め、これを契機に釈迦降誕祭が始められたと言われています。
その後、永源寺の第二〇世住職となった黙室良要禅師により七堂伽藍が整備され、文化十年(一八一三年)には「花祭り」として盛大に行われ、「坂戸のお釈迦さま」として関東一円に知られるようになりました。
誕生仏に甘茶をかけた竹のひしゃくで、桑に水をまくとご利益があると信じられ、「お釈迦さま」の売上で坂戸の景気が左右されるとも言われました。「お釈迦さまに雨が降ると坂戸では蚊帳がつれぬ」ということわざが残っています。(坂戸市教育委員会掲示より)

永源寺の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」



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