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大家神社。坂戸市厚川の神社、旧村社

大家神社の概要

大家神社は、坂戸市厚川にある神社です。大家神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には白髭社と称して厚川村の鎮守社だったといいます。明治5年諏訪大神(厚川字諏訪)合祀し村社に列格、明治40年大家神社と改めたといいます。

大家神社
大家神社の概要
社号 大家神社
祭神 猿田彦大神
相殿 清寧天皇、武内宿禰、諏訪大神
境内社 -
祭日 秋例祭10月16日
住所 坂戸市厚川135
備考 -



大家神社の由緒

大家神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には白髭社と称して厚川村の鎮守社だったといいます。明治5年諏訪大神(厚川字諏訪)合祀し村社に列格、明治40年大家神社と改めたといいます。

新編武蔵風土記稿による大家神社の由緒

(厚川村)
白髭社
村の鎮守なり、村民の持。
-
諏訪社
是も村民の持。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による大家神社の由緒

鎮座の年は不詳であるが、厚川、萱方、内十余戸の鎮守として白髭神社と稱し草分当時の創立と伝ふ(新編武蔵風土記稿)。元禄十四年三月(一七〇一)古文書に二十四年前お宮新造の記あり。
明治五年諏訪大神(厚川字諏訪)合祀し村社に列格。
明治四十年大家神社と改稱。(境内掲示より)

「埼玉の神社」による大家神社の由緒

大家神社<坂戸市厚川一三五(厚川字宮方)>
当地は高麗川の南岸に位置している。『風土記稿』によると、当社は村鎮守で、村民持ちであり、白髭社と称していた。
社のそばには村の草分けである小谷野一家の、東宮・西宮・中宮の屋号で呼ばれる三軒がある。このうち東宮は本家格の家で神社に近いことから宮方または宮の家といわれ、白髭社はもとこの家の屋敷鎮守であったものが後に村持ちになったと伝えている。更に、祀職も明治初めまでは東宮で奉仕が続けられていた。
祭神は猿田彦命・清寧天皇・武内宿禰の三柱である。明治末年まで白髭神像が内陣に安置されていたが不心得者によりこれを失った。
本殿は一間社流造りである。社殿の造営記録に『拝殿立替に付鎮守白髭体明神人足出入控帳』が現存し、天保三年辰三月吉日と記されている。
明治以降の祀職は、小谷野家の後、大字森戸の中島家が奉仕し、次いで石川家が継ぐところとなった。石川家は、神仏分離まで長く越生の本山派修験山本坊の配下修験で、不動明王を祀り諸国を修行し、当地に来てからは諸祈祷を修して活躍した。
合祀は明治三〇年と同四〇年の二回行われ、八坂社・稲荷社・諏訪社・白山社・神明社・厳島社・熊野社が集められた。また、この合祀の結果、当社は社名を旧村名にちなみ大家神社と改めた。(「埼玉の神社」より)


大家神社の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)