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玉蔵院。さいたま市浦和区仲町にある真言宗豊山派寺院

玉蔵院の概要

真言宗豊山派寺院の玉蔵院は、宝珠山延命寺と号します。玉蔵院の創建年代は不詳ですが、平安時代の創建と伝えられ、関東地方における真言宗寺院の中核となる寺院だったといい、江戸時代には寺領10石の御朱印状を拝領、真言宗関東十ヵ檀林の一つと称されたといいます。僧印融が中興したといいます。印融は、室町時代中期の僧で、都筑郡久保村に生まれ、多くの寺院を開山・中興して晩年三会寺に戻り示寂、弘法大師の再来と言われた高僧です。北足立八十八ヵ所霊場55番、88番です。

玉蔵院
玉蔵院の概要
山号 宝珠山
院号 玉蔵院
寺号 延命寺
住所 さいたま市浦和区仲町2-13-22
宗派 真言宗豊山派
本尊 -
葬儀・墓地 -
備考 北足立八十八ヵ所霊場55番、88番



玉蔵院の縁起

玉蔵院の創建年代は不詳ですが、平安時代の創建と伝えられ、関東地方における真言宗寺院の中核となる寺院だったといい、江戸時代には寺領10石の御朱印状を拝領、真言宗関東十ヵ檀林の一つと称されたといいます。僧印融が中興したといいます。印融は、室町時代中期の僧で、都筑郡久保村に生まれ、多くの寺院を開山・中興して晩年三会寺に戻り示寂、弘法大師の再来と言われた高僧です。

新編武蔵風土記稿による玉蔵院の縁起

(浦和宿)玉蔵院
新義真言宗、京都醍醐三寶院の末、宝珠山延命寺と号す。関東十ヵ檀林の其一なり。寺領十石の御朱印を賜うへり。此寺往古よりしばしば丙丁の災にかかりて舊記を失ひたれば、開山等総て詳ならず。中興開山は僧印融なり。此僧は世に聞えたる高徳の人にて、本朝高僧傳にものせ、且橘郡鳥山三会寺を中興せしなれば、其詳なることは彼寺の條に記せり。
本堂。本尊大日を安置せり。
中門。此門の上に鐘を掛、鐘は近き世の鋳造なり。
山王社。
地蔵堂。
寺中、神主寺。(新編武蔵風土記稿より)

さいたま市教育委員会掲示による玉蔵院の縁起

玉蔵院は、真言宗豊山派の古刹で、その創建は平安時代といわれる。室町時代には学僧印融が来りて中興した。古くは醍醐三宝院の直末であった。徳川家康からは寺領十石が寄進され、江戸時代には、住職が豊山長谷寺から派遣されるという格式の高い寺院となり、歴代の中には、後に江戸の役寺さらには本山である長谷寺に出世していった僧が少なくない。現在の伽藍は、元禄十二年(一六九九)の災禍後、徐々に復興されたものである。(さいたま市教育委員会掲示より)


玉蔵院所蔵の文化財

  • 絹本着色両界曼荼羅二幅(県指定有形文化財)
  • 木造地蔵菩薩立像一軀(県指定有形文化財)
  • 玉蔵院文書三二八通(県指定有形文化財)
  • 玉蔵院地蔵堂(市指定有形文化財)
  • 玉蔵院山門(市指定有形文化財)
  • 酒井忠世書状一幅(市指定有形文化財)
  • 玉蔵院寺領寄進状及び朱印状十二通(市指定有形文化財)
  • 守護侍不入石杭一基(市指定有形文化財)

絹本着色両界曼荼羅二幅

金剛界・胎蔵界の双幅からなる。各たて八二センチ、横六六センチ、額装。厳格に描かれており、筆致もよく芸術的価値が高い。形式化が進んでいることなどから室町時代に入る頃の作と考えられる。(さいたま市教育委員会掲示より)

木造地蔵菩薩立像一軀

像高六六・九センチ、一木造りで芯を後方に去り内ぐりはない。素木で目は彫眼、足下に蓮肉の一部を残す。素朴で大づかみの作風であり、衣文もほとんど目立たない。古い様相も残すが、藤原時代末期の地方作と見られる。県内最古の地蔵菩薩像として、また一木造りの像として貴重な作例と言える。(さいたま市教育委員会掲示より)

玉蔵院文書三二八通

印信・血脈・付法状といった真言密教にかかわる古文書類で、最古は嘉禎二年(一二三六)五月二十四日の道教付法状で、以後、大永六年(一五二六)の宥全付法状から宝暦四年(一七五四)の竜恵置書までのものである。特に道教付法状は印融の付仮名、加点が見られ貴重である。宥全付法状以後のものは、中世末から近世にかけての関東地方における真言宗の法流を知るうえで欠かせない史料と言える。(さいたま市教育委員会掲示より)

玉蔵院地蔵堂

<構造・規模>三間四方、入母屋造り、一間向拝つき、桟瓦葺き、間口・奥行きとも八・三四メートル
<概要>軸部は、ケヤキ材を用いた重厚な建築で、柱は円柱、柱上三手先の斗栱で桁を受ける。中備は、十二支の蟇股を配している。軒は二重繁種となる。
内陣は、裏側壁面から半間出して来迎柱を建て、来迎壁に須弥壇をつけている。内陣の天井は、花鳥などを描く格天井となっている。他に、欄間の彫刻、外陣天井の画など装飾が多い。
内陣蟇股墨書銘により安永九年(一七八〇)の建立であることが知られる。三間仏堂ではあるが、本格的な造営を受けた仏堂建築でしかも建立年代が明らかであり、保存価値がきわめて高いと言える。(さいたま市教育委員会掲示より)

玉蔵院の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」