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東光院。さいたま市西区島根にある曹洞宗寺院

東光院の概要

曹洞宗寺院の東光院は、島根山と号します。東光院の創建年代等は不詳ながら、正平7年(1352)銘の板碑や永禄13年(1570)銘の五輪塔などが残されており、古くより信仰を集めてきたのではないかと考えられます。

東光院
東光院の概要
山号 島根山
院号 東光院
寺号 -
住所 さいたま市西区島根689
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



東光院の縁起

東光院の創建年代等は不詳ながら、正平7年(1352)銘の板碑や永禄13年(1570)銘の五輪塔などが残されており、古くより信仰を集めてきたのではないかと考えられます。

新編武蔵風土記稿による東光院の縁起

(島根村)東光院
嶋根山と號す、禅宗曹洞派、大成村普門院の末、本尊は薬師恵心の作といふ。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による東光院の縁起

島根のほぼ中央に位置する曹洞宗の寺院で、御本尊に薬師如来像を祀っています。山門前からは荒川まで続く風に波打つ緑一面の水田が見渡せます。山門を入った左手には、祠内に戦国時代の永禄十三年(一五七〇)銘を刻む二基の五輪塔があります。本堂には、正平七年(一三五二)銘の板碑があり、中世の様式で彫られた阿弥陀如来像、江戸時代前期の延宝元年(一六七三)に地元の念佛講中の人々二十九名により奉納された銅製の馬頭観音像を安置しています。
山門前の二十基の石造馬頭観音像は、村内各地にあったものを管理上当地へ移したものです。馬は農家の生活に欠くことのできない家畜で特に大事にされました。馬の供養塔である馬頭観音が多い由縁です。ひときわ大きな馬頭観音像は、江戸時代後期の文政十二年(一八二九)に近郷近在の村々の協力で、荒川の堤防上・旧川越道沿いに祀ったもので「東 よのへ一理 南はやぜへ三里 西かわごへ二り半 北 あきはへ一理半」とあります。土地改良により現在地へ祀り直したものです。(大宮南西ロータリークラブ掲示より)


東光院所蔵の文化財

  • 東光院五輪塔(市指定有形文化財)

東光院五輪塔

五輪塔は、供養のための塔婆として平安時代後期から造立されるようになりました。密教の五大思想に基づき、空・風・火・水・地を表わし、下から方・円・三角・半月・団形で各輪をそれぞれ形どっています。
市内には、室町時代の五輪塔が散見されますが、いずれも残欠ばかりで、ほぼ完形を保っているのは数える程しかありません。この塔も火・水・地の各輪は凝灰質の砂岩、空風輪は安山岩で江戸時代の様式を示しているところから、後世補ったもので、造立当初のままではないようです。火輪の軒反り、水輪の壺形などは、中世の時代相をよく示しています。
二基とも同一形状で、戦国時代の永禄十三年(一五七〇年)同期に造立されたことを示し、地輪正面には銘文が刻まれています。いずれも「逆修」とあるところから、この地の名主層の老夫婦が、御仏に帰依して在俗出家し、戦乱の世にいつ訪れるとも知れぬ死後の仏事を修するため、この五輪塔を造立したものと考えられます。
中世五輪塔としては末期に属しますが、ほぼ完全な遺存状態を示し、また、刻銘からこの地域の歴史を跡づける資料として貴重です。(西区コミュニティ課設置掲示より)

東光院の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」