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金山神社。さいたま市西区佐知川の神社

金山神社の概要

金山神社は、さいたま市西区佐知川にある神社です。金山神社の創建年代等は不詳ながら、当地周辺には植水古墳群や平安時代の住居跡などがあり、当地で製鉄・鍛治・鋳造などを行っていた集団が居住していた時代があったことが推測され、その鍛冶・鋳物師集団が祀ったのではないかといいます。明治6年村社に列格、明治40年に字前の神明社、同境内社の三王・荒神・稲荷・御嶽・水神の五社、字前の第六天社、字後谷の一本松稲荷社を合祀したといいます。

金山神社
金山神社の概要
社号 金山神社
祭神 倉稲魂命
相殿 -
境内社 天神社・八雲社・琴平社・厳嶋社・日枝社・八幡社・神明社・三王・荒神・稲荷・御嶽・水神・第六天社・一本松稲荷
住所 さいたま市西区佐知川1305
祭日 -
備考 -



金山神社の由緒

金山神社の創建年代等は不詳ながら、当地周辺には植水古墳群や平安時代の住居跡などがあり、当地で製鉄・鍛治・鋳造などを行っていた集団が居住していた時代があったことが推測され、その鍛冶・鋳物師集団が祀ったのではないかといいます。明治6年村社に列格、明治40年に字前の神明社、同境内社の三王・荒神・稲荷・御嶽・水神の五社、字前の第六天社、字後谷の一本松稲荷社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による金山神社の由緒

(佐知川村)覺蔵院
天台宗、水判土村慈眼寺末、金生山正覺寺と號せり。
金山社、神明社、山王社、第六天社。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による金山神社の由緒

金山神社<大宮市佐知川一三〇五(佐知川字前)>
当地は荒川の自然堤防上にあり、地名の由来は傾斜地・日向地を表すサジの縁に当たることからサジカワとなったという。
また、「清河寺文書」の応永二十九年(一四二二)の足利基氏寄進状には「佐知川」の文字が見えることから、室町時代には既に村があったことがうかがわれる。
当地に金山神社が祀られた理由として、鍛冶や鋳物師との関係が考えられる。これを裏付けるものとして、当地の発掘調査において平安時代の住居跡などからは、鉄製品や金屎が出土しており、更には、太平洋戦争中の食糧増産のため、陸田に地下水を汲み出して水田にしたところ、地下五メートルから九メートルにある砂の層から鉄分を多く含んだ水が出て、汲み置くと赤くなったり、稲の根の周りが赤くなったという。これらのことから、当地で製鉄・鍛治・鋳造などを行っていた集団が居住していた時代があったことが推測される。往時の別当は、天台宗の金生山覚蔵院正覚寺(明治六年廃寺)で、現在も神仏習合当時の名残として、当社境内には金山堂と呼ばれる堂があるほか、西側の代官堀を隔てて覚蔵院跡がある。
境内には、天神社・八雲社・琴平社・厳嶋社・日枝社・八幡社と明治四十年に合祀した字前の神明社、同境内社の三王・荒神・稲荷・御嶽・水神の五社、字前の第六天社、字後谷の一本松稲荷社がある。(「埼玉の神社」より)

境内掲示による金山神社の由緒

佐知川上の人々がお守りする社です。創建の詳しいことはわかりませんが、祭神に金山彦命、金山姫命を祀り、明治六年(一八七三)に村社に列せられました。境内には天神社をはじめとする十三社が祀られています。金山神社は一般的に鍛冶職人が信仰する神社とされています。近年の発掘調査で佐知川から水判土へ至る台地上野古墳跡や、県道沿いで検出された平安時代の住居跡から鉄製品が出土しているので、これら鉄製品を作った職人達の集団が金山神社を祀ったのではないかと推測できます。なお、隣接する金山堂では円哲と彫られた仏像群が発見されています。
神社わきを「代官堀」と呼ぶ江戸時代初期に開かれた水路が流れています。井戸尻(プラザ)の水を排水し、水田化するために関東郡代伊奈備前守によって開創されたのでそう呼ばれています。
今は都市排水路となり、水もよどみがちで昔の面影は失われてしまいました。金山堂境内道路際には江戸時代半ばの元禄七年(一六九四)にたてられて庚申塔があります。プラザを造成する時に移されたもので、今も「村はずれの庚申様」と信仰されています。(大宮南西ロータリークラブ掲示より)


金山神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)