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穂積神社。さいたま市西区峰岸の神社

穂積神社の概要

穂積神社は、さいたま市西区峰岸にある神社です。穂積神社の創建年代等は不詳ながら、辻村・上下宝来村・峰岸村の鎮守だったといい、明治40年に宝来神明社と同境内社の稲荷社の二社を合祀、ほうらい・つじ・みねぎしの旧村名より社号を穂積神社と改めたといいます。

穂積神社
穂積神社の概要
社号 穂積神社
祭神 素盞嗚尊
相殿 -
境内社 八雲社、稲荷社、疱瘡社、御嶽社
住所 さいたま市西区峰岸13
祭日 -
備考 旧村社



穂積神社の由緒

穂積神社の創建年代等は不詳ながら、辻村・上下宝来村・峰岸村の鎮守だったといい、明治40年に宝来神明社と同境内社の稲荷社の二社を合祀、ほうらい・つじ・みねぎしの旧村名より社号を穂積神社と改めたといいます。

新編武蔵風土記稿による穂積神社の由緒

(峰岸村)
氷川社
辻村・上下寶来村・當寺と四ヶ村の鎮守なり、善福寺の持。
疱瘡神社
稲荷社
村民持
(上寶来村)
(下寶来村)
神明宮
村の鎮守なり、明現寺持。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による穂積神社の由緒

穂積神社<大宮市峰岸一四(峰岸字南耕地)>
『風土記稿』峰岸村の項に「氷川社 辻村・上下宝来村・当村と四ヶ村の鎮守なり、善福寺の持」と記されているように、当社は、元来は氷川社と称しており、明治六年に峰岸村の村社になった。その後、明治四十年七月四日に大字宝来字上横手の村社神明社と同境内社の稲荷社の二社を合祀したことにより、同年十一月五日に社号を穂積神社と改めた。ちなみに、この「穂積」という社号は、氏子区域である宝来・辻・峰岸の三大字の頭文字を採ったものである。
また、氏子の間には、当社のことを「五社の宮」と呼ぶ人がいる。「五社の宮」の語源については定かではないが、境内の八雲社は明治四十年七月四日に、大字宝来字八反田の無格社八雲社を移転したもので、更に同月六日にはこの社に大字指扇領辻字南耕地の無格社八雲社を合祀していることから、穂積神社となった氷川社・神明社・稲荷社の三社にこの八雲社二社を加えて「五社の宮」と呼ぶようになったものと推測される。
本殿は一間社流造りで、内陣には宮型の厨子に納められた男体女体の神像一対が安置されている。一木で作られているこの神像は、傷みが激しく、制作時期等は不明であるが、大水の折に秩父の方から流れてきたものとの伝えがある。このほか、大正九年に新築された幣殿の上部には神棚型の棚があり、中には白幣三体が祀られている。(「埼玉の神社」より)


穂積神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)