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吉野神社。さいたま市北区吉野町の神社

吉野神社の概要

吉野神社は、さいたま市北区吉野町にある神社です。吉野神社の創建年代等は不詳ながら、当地周辺はかつて吉野村・吉野原村と称し中世には村として成立、当地にはまず八幡社が、次いで鹿島社が鎮座していたといいます。明治維新後鹿島社が村社に列格、明治41年武国神社に合祀されたものの、昭和36年同じく合祀された金山社・天神社と共に復祀、合祀の上吉野神社と号したといいます。

吉野神社
吉野神社の概要
社号 吉野神社
祭神 武甕槌大神、金山彦命、菅原道真公
相殿 -
境内社 浅間社、稲荷社、八幡社、八雲社、庚申社
住所 さいたま市北区吉野町1-21-8
祭日 -
備考 旧村社



吉野神社の由緒

吉野神社の創建年代等は不詳ながら、当地周辺はかつて吉野村・吉野原村と称し中世には村として成立、当地にはまず八幡社が、次いで鹿島社が鎮座していたといいます。明治維新後鹿島社が村社に列格、明治41年武国神社に合祀されたものの、昭和36年同じく合祀された金山社・天神社と共に復祀、合祀の上吉野神社と号したといいます。

新編武蔵風土記稿による吉野神社の由緒

(吉野原村)
諏訪社
村の鎮守なり、不動院の持。
稲荷社
稲荷社二宇
共に持前に同じ。
雷電社
地蔵院の持。
金山権現社
清浄院の持、二社同じ。
鹿島社
天神社(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による吉野神社の由緒

吉野神社<大宮市吉野町一-二一-八(吉野原字前谷)>
当地は、古くは吉野村・吉野原村などと称し、長享三年(一四八九)の「渋垂小四郎本知行目録等」(渋垂文書)に「同国足立郡大宮郷内吉野村」と見え、また『風土記稿』によれば、元亀二年(一五七一)に領主春日弥吉は吉野村名主十三郎宛に荒野開発に際して手形を出しており、中世には既に一村となっていたことがわかる。
近世には村内が上郷と下郷に分かれ、それぞれに名主が置かれた。このうち下郷の神社については、口碑に「まず八幡宮が奉斎され、後にその社地に鹿島社が勧請され、更に各所に金山権現社・天神社が順次祀られていった」という。ちなみに、現在当社の境内にある八幡宮の石祠には「寛保三癸亥年(一七四三)」の年紀が刻まれるが、村開発の古さから推して、再建を示すものであろう。また、各社の別当であった清浄院は『風土記稿』によれば、当村の庄屋岸将監が屋敷内に庵室を結んだのが始まりで、天正二年(一五七四)に村人たちが相計って、これを現在地に移して一寺をなしたという。
神仏分離後、鹿島社が村社に列し、金山社と天神社は無格社となった。この三社は明治四十一年に宮原村大字奈良瀬戸の村社氷川社(現武国神社)に合祀されたが、昭和三十六年に旧鹿島社社地に三社の神霊を戻し、一社として併せ祀り、町名を採って吉野神社と号し再興した。こうして当社は昭和五十三年に宗教法人として認可された。(「埼玉の神社」より)


吉野神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)