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光福院。三郷市早稲田にある真言宗豊山派寺院

光福院の概要

真言宗豊山派寺院の光福院は、寳珠山医王寺と号します。光福院は、鰭ヶ崎東福寺の別院として、寳珠山東福院医王寺と号して流山市根郷番場に創建、後に寳珠山光福院医王寺と改号したといいます。慶長5年(1699年)に江戸川の改修工事により行人台(現在の市営江戸川グランド附近)に移転、享保年間(1716-1736)に再度の江戸川改修工事により当地へ移転したといいます。三郷七福神(早稲田めぐり)の弁財天・布袋尊です。

光福院
光福院の概要
山号 寳珠山
院号 光福院
寺号 医王寺
本尊 薬師如来像
住所 三郷市早稲田8-15-13
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 -



光福院の縁起

光福院は、鰭ヶ崎東福寺の別院として、寳珠山東福院医王寺と号して流山市根郷番場に創建、後に寳珠山光福院医王寺と改号したといいます。慶長5年(1699年)に江戸川の改修工事により行人台(現在の市営江戸川グランド附近)に移転、享保年間(1716-1736)に再度の江戸川改修工事により当地へ移転したといいます。

新編武蔵風土記稿による光福院の縁起

(丹後村)光福院
寳珠山医王寺と號す、新義真言宗、下総國葛飾郡鰭ヶ崎村東福寺末、昔は東福院と號せしが、本尊定て後は其寺號を避て改しと云、法流開山祐善は天和二年三月十八日寂す、本尊不動。
薬師堂。(新編武蔵風土記稿より)


光福院所蔵の文化財

  • 光福院薬師如来坐像壱躯(市指定文化財)

光福院薬師如来坐像壱躯

光福院は新義真言宗東福寺(千葉県流山市鰭ヶ崎)の別院として、下総國根郷番場(現在の流山市)に七堂伽藍とともに建立され、寳珠山東福院医王寺と号しました。後に寳珠山光福院医王寺に改号したと伝えられています。
慶長五年(一六〇〇年)に江戸川の改修工事により行人台(現在の市営江戸川グランド附近)に移転し、続いて享保年間(一七一六〜一七三六)に再度の江戸川改修工事によって現在の地に移転し今日に至ります。
本尊は開山当初より行基作といわれた不動明王が安置されていましたが、明治元年(一八六八)正月に大火を出して惜しくも焼失してしまいました。
その後、境内の薬師堂の本尊であった薬師如来坐像を寺の御本尊として安置しました。安土桃山時代の作と思われる作者不詳の寄木造りの仏像で、材質はひのき材、像高三十センチメートルの坐像です。
言い伝えによると、この御本尊様は秘仏で御開帳(御厨子の扉を開いて一般公開し、人々に拝ませる)すると目がつぶれるという戒めが残されています。(三郷市教育委員会掲示より)


光福院の周辺図


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