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谷口稲荷神社。三郷市谷口の神社

谷口稲荷神社の概要

谷口稲荷神社は、三郷市谷口にある神社です。谷口稲荷神社は、谷口村が花和田から分村する宝暦年間(1751〜64)前後に、谷口村上組の鎮守として延享3年(1746)に創建したといいます。明治5年村社に列格、明治40年に下組の稲荷社、辨天社、第六天社を合祀しました。

谷口稲荷神社
谷口稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 倉稲魂命
相殿 稲荷、辨天、第六天
境内社 -
祭日 -
住所 三郷市谷口35
備考 -



谷口稲荷神社の由緒

谷口稲荷神社は、谷口村が花和田から分村する宝暦年間(1751〜64)前後に、谷口村上組の鎮守として延享3年(1746)に創建したといいます。明治5年村社に列格、明治40年に下組の稲荷社、辨天社、第六天社を合祀しました。

新編武蔵風土記稿による谷口稲荷神社の由緒

(谷口村)稲荷社二
村の鎮守なり真福寺
辨天社
同持
末社水神、天神、疱瘡
第六天社
庚申社
以上村持(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による谷口稲荷神社の由緒

稲荷神社
当社が鎮座する谷口は、『風土記稿』によると元禄四、五年の割附けに「花和田村の内谷口村」とあり、更に、当村が一村として独立したのは、宝暦年間(一七五一〜六四)のことであるという。
当社は『明細帳』に「延享三年(一七四六)丙寅十一月清閑御殿預従四位下行摂津守荷田信名宿禰創立」と載せる。これと同様の記載は、県内では大利根町中渡の稲荷神社の『明細帳』に「寛延二年(一七四九)歳次己巳二月豊日従四位下行摂津守荷田宿禰信名(花押)」とあり、同社には「伏見稲荷分霊証書」が伝わっている。その体裁から見て当社の『明細帳』の記載も同様の分霊証書によっていると考えられよう。
また、『風土記稿』には「稲荷社二村の鎮守なり、真福寺の持」とあり、村の鎮守として二社の稲荷社が祀られていたことが知られる。これは、古くは村内が上下の二組に分かれており、別々に稲荷社を鎮守として祀っていたためである。この二社のうち、当社は上組で祀っていた社である。
明治に入って、当社は真福寺の管理を離れ、明治五年に谷口村の村社となった。更に、明治四十年に、下組の稲荷社をはじめとする三社を合祀した。これにより、下組の稲荷社の社殿は当社境内に移され、消防のポンプ小屋として利用された。同時に鳥居や眷属像が移されてきたため、現在、境内にはそれらが二組ずつある。(「埼玉の神社」より)


谷口稲荷神社の周辺図


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