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戸ケ崎浅間神社。三郷市戸ケ崎の神社

戸ケ崎浅間神社の概要

戸ケ崎浅間神社は、三郷市戸ケ崎にある浅間神社です。戸ケ崎浅間神社の創建年代は不詳ですが、至徳4年(1387)に香取神宮を勧請したとも、文明年間(1469-1487)に勧請したとも、戦国時代に匝瑳氏が勧請したともいいます。

戸ケ崎浅間神社
戸ケ崎浅間神社の概要
社号 浅間神社
祭神 木花咲邪姫命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 三郷市戸ケ崎3200付近
備考 -



戸ケ崎浅間神社の由緒

戸ケ崎浅間神社の創建年代は不詳ですが、戸ケ崎香取神社由緒の一説によると、戦国時代に当地を領していた匝瑳氏が居館の表鬼門除けとして当社を勧請、裏鬼門除けとして戸ケ崎香取神社を勧請したのではないかといい、天正10年(1582)銘の鰐口が当社にあったといいます。明治維新後、戸ケ崎香取神社に合祀されました。

新編武蔵風土記稿による戸ケ崎浅間神社の由緒

(戸ケ崎村)富士浅間社
高さ二丈許の塚上にあり、本地佛十一面観音を安ず、観音寺持。當社は古き勧請にして、天正十年の鰐口を掛く。其図を左に出す。図に載る匝瑳大隅信利は當時近郷の領主にして、此境内はその屋敷跡なりと云。匝瑳氏の墓は下に載す。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による戸ケ崎浅間神社の由緒

史跡戸ケ崎関跡
道路網が発達していなかった室町時代には、河川を利用した水運が重要な役割を果たしていました。
この地域を流れる中川は、徳川幕府による利根川東遷事業が行われるまでは利根川と称し、この川を利用した水運が隆盛を誇っていました。
千葉県佐原市の香取神宮の大禰宜(神職)をつとめていた大禰宜家に伝わる応安五年(一三七二)の「室町幕府御教書写」という古文書には「戸崎関務事」とあって、室町幕府より香取神宮大禰宜の大中臣長房が戸ケ崎などの河関経営を認められていたことが知られます。
また、至徳四年(一三八七)の「大中臣長房譲状」にも「かさはやのしやうのうち、とかさきならひ二大さかへ」(風早庄の内戸ケ崎大堺)という地名が記されています。
したがって応安五年には、戸ケ崎地域に村落が形成されており、河関の設置もみられ、ひとびとの往来があったということです。
戸ケ崎は、「とがった地域」という地形からその地名を付けたといわれているように、戸ケ崎周辺の中川は蛇行箇所が多くあり、たびたび水害を引き起こしていました。
この解決策として、内務省は大正期に中川を直流にする改修工事を実施いたしました。
これによって戸ケ崎と八潮市大瀬・古新田地区が現在のように地続きとなりました。
中川は、戸ケ崎と大瀬の境界を流れ、その左岸になるこのあたりに戸ケ崎関が設置されたと思われます。(史料提供・二郷半史談会)三郷ウェンズデーロータリークラブ(境内掲示より)


戸ケ崎浅間神社の周辺図


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