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前谷稲荷神社。三郷市戸ヶ崎の神社

前谷稲荷神社の概要

前谷稲荷神社は、三郷市戸ヶ崎にある稲荷神社です。前谷稲荷神社の創建年代は不詳ですが、前谷村の開村(元禄年間前)と同時に祀られたといい、その二百年余り後に当地へ遷座したといいます。明治6年村社に列格していました。

前谷稲荷神社
前谷稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 稲倉魂命・大己貴命・太田命・大宮娘命・保食命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 三郷市戸ヶ崎2-495
備考 -



前谷稲荷神社の由緒

前谷稲荷神社の創建年代は不詳ですが、前谷村の開村と同時に祀られたといい、その二百年余り後に当地へ遷座したといいます。明治6年村社に列格していました。

新編武蔵風土記稿による前谷稲荷神社の由緒

(前谷村)稲荷社三
一は村の鎮守なり、一は塩勝寺、二は村民の持(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による前谷稲荷神社の由緒

稲荷神社
戸ケ崎は、古くは「度毛之郷」と呼ばれたという。古利根川の屈曲点にあり、川に突き出た所を表現している。鎮座地は、昭和四十三年の区画整理までは「前谷」と称していた。この前谷の始まりは、口碑によると、当代より一七代以前に"前谷七軒衆"と呼ぶ篠田・加藤・中村・豊由・高橋・峰岸・森井の各氏により開拓され、一〇代前に分家して"前谷十八軒衆"となったという。
当社は、古老の話に「当地開発と同時に、現在の社の南々東二〇〇メートルほどの所に祀られたが、今から二百余年前に現在の所へ移した」とある。所蔵文書に、宝暦三年(一七五三)の伏見稲荷からの正一位稲荷大明神の分霊証書がありこの上包みに「前谷村塩勝寺殿」と記されて、別当が塩勝寺であったことが知られる。また、明和六年(一七六九)・天明三年(一七八三)・天保十三年(一八四二)の棟札があり造営の歴史がうかがえる。
内陣には、稲倉魂命・大己貴命・太田命・大宮娘命・保食命を岩上に配する神体が安置され、背部に「当村本篠田里右衛門貞規寄附、文久二戌年(一八六二〕二月初午」と刻まれている。
明冶六年村社となり、同二十五年には覆屋を新築し、同三十三年に拝殿屋根の葺き替えを行った。
明治期の合祀は、維持費負担の念書を出し免れたという。(「埼玉の神社」より)


前谷稲荷神社の周辺図


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