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吹上天神社。三郷市戸ヶ崎の神社

吹上天神社の概要

吹上天神社は、三郷市戸ヶ崎にある天神社です。吹上天神社は、建武2年(1335)夏の暴風で吹き上げられた梅の老木と白蛇のお告げから、当地を吹上と名付け、天神を祀ったといいます。明治43年戸ケ崎香取神社に合祀されたものの、昭和32年還座したといいます。

吹上天神社
吹上天神社の概要
社号 天神社
祭神 菅原道真公
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 三郷市戸ヶ崎4-216
備考 -



吹上天神社の由緒

吹上天神社は、建武2年(1335)夏の暴風で吹き上げられた梅の老木と白蛇のお告げから、当地を吹上と名付け、天神を祀ったといいます。明治43年戸ケ崎香取神社に合祀されたものの、昭和32年還座したといいます。

新編武蔵風土記稿による吹上天神社の由緒

(戸ケ崎村極楽寺項)
天神社(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による吹上天神社の由緒

吹上天神社
当社の創建を伝える史料に旧極楽寺の所蔵であった「吹上天神縁起(仮称)」がある。これは、天満天神御影軸の上部に、清玉という者によって記されたもので、当社の由来が次のように述べられている。
建武二年(一三三五)の夏、激しい南風によって、利根川(当時、利根川の本流が当社の近くにあった)を流れて来た梅の老木がこの地に吹き上げられた。この老木に二匹の自蛇がいたのを見て、村人が不思議に思っていたところに、一人の童子がどこからともなく現れ「この梅の木は上州妙義山から流れて来たもので、蛇は、この梅が流されることを惜しんで天神が姿を現したものである。ゆえに、この地に天神の社を建立すべきである」と告げて姿を消した。そこで、村人は相談の上、翌年の某月二十五日に一祠を設け、天神を奉斎した。これが当社の始まりであり、鎮座地を吹上と呼ぶのもこのことに由来する。
右の軸を所有していた極楽寺は、神仏分離以前は別当として当社を管理しており、元来、当社の境内は極楽寺の一部であった。当社の由緒を記した掛け軸が寺に納められていたのは、こうした事情によるのであろう。
なお、現在、内陣には、右の伝説にある流れ着いた梅の老木で作ったといわれる立像(像高一五センチメートル)と、「天保十五年(一八四四)辰十月吉日再興」の墨書のある天満天神座像とが安置されている。(「埼玉の神社」より)

境内掲示による吹上天神社の由緒

抑も此天神の由来を訪ぬるに建武二年(一三三五)末夏の二十五日南風烈しく吹き此利根河に於て梅の老木流れ此の所へ吹上其の木に白蛇二疋居たり。隣家の人是を見付け打寄不思議かたと申処へ何處とも知れず童子壹人来て曰く此の梅は上洲御火き山より流れ来り蛇は天神の此梅をおしませ給ふによって頸れ出るもの也かかるが故に此の所へ天神之社を建立致し給ふべし、と云傳て行方不知よって人々不思議となしとりどり評議のもとに建武三年八月二十五日此の所に天神の社を祭り給ふなり。依って此所字吹上と申給ふなり。吹上天満宮所蔵古文書より(境内掲示より)


吹上天神社の周辺図


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