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久兵衛稲荷神社。三郷市高州の神社

久兵衛稲荷神社の概要

久兵衛稲荷神社は、三郷市高州にある神社です。久兵衛稲荷神社は、久兵衛村が高須村から分村した江戸時代初期に、久兵衛村の鎮守社として創建したと考えられるといいます。明治45年には下新田稲荷神社を合祀、昭和32年に復祀しています。国道298号線整備に伴い、高州2-297-1より当地へ平成10年遷宮しました。

久兵衛稲荷神社
久兵衛稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 倉稲魂命
相殿 -
境内社 天満宮、三峰神社
祭日 -
住所 三郷市高州2-384
備考 -



久兵衛稲荷神社の由緒

久兵衛稲荷神社は、久兵衛村が高須村から分村した江戸時代初期に、久兵衛村の鎮守社として創建したと考えられるといいます。明治45年には下新田稲荷神社を合祀、昭和32年に復祀しています。国道298号線整備に伴い、高州2-297-1より当地へ平成10年遷宮しました。

新編武蔵風土記稿による久兵衛稲荷神社の由緒

(久兵衛村)稲荷社
村の鎮守なり、本隆寺
末社天神。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による久兵衛稲荷神社の由緒

稲荷神社
当地の旧村名である久兵衛の名は、鈴木久兵衛(高須の久兵衛と呼ぶ)が開いたことに由来する。元は高須村のうちであったが元禄十年(一六九七)町『検地水帳』では、久兵衛村として載せられている。
当社は、右の『検地水帳』に「稲荷大明神」と記載され、『風土記稿』には「稲荷社、村の鎮守なり、本隆寺持、末社天神」と記されている。享和元年(一八〇一)にはダ枳尼天像が再興されている。
神仏分離により別当から離れ、明治四十五年には下新田の村社稲荷社(下新田稲荷神社)を合祀した。しかし、その後、下新田の住民から、自分たちの神様が久兵衛の社に合祀されている状態は、まるで神様が居候しているようで何かしっくりせず、祭事においても村がまとまらないので、元に戻したいという要望が強まり、昭和三十二年に旧地に返還された。
末社の天神社には、天満天神像が安置されている。その台座の墨書には「正中山日精師御開眼御旗籠ニ納ル者也」とあり、併せて「享保十七年(一七三二)別当本隆寺十世日寛」「嘉永四年(一八五一)本隆寺廿一世日洞」による再開眼などが記されている。これに見える「正中山」とは、本隆寺の旧本山で、日蓮宗五大本山の一つ、千葉県市川市の法華経寺である。
なお、別当であった本隆寺は、学制発布とともに、それまでの寺子屋を引き継ぎ、一時期、公立の久兵衛学校となった。(「埼玉の神社」より)


久兵衛稲荷神社の周辺図


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