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長沼白山神社。三郷市鷹野の神社

長沼白山神社の概要

長沼白山神社は、三郷市鷹野にある神社です。長沼白山神社は、旧長沼村の鎮守社として慶長17年(1612)に香取羽黒合社として創建したといいます。大正元年(1912)戸ケ崎香取神社に合社され、大正4年(1915)白山耕地から正圓寺の前(この地より北東の方向、三十メートルの地)に遷宮、戦後には分社したものの、平成11年当地に遷宮、翌年戸ケ崎香取神社に合社したといいます。

長沼白山神社
長沼白山神社の概要
社号 白山神社
祭神 白山比咩神
相殿 -
境内社 白山神社、香取大明神、羽黒大権現、天神宮、稲荷大明神
祭日 -
住所 三郷市鷹野2-45
備考 -



長沼白山神社の由緒

長沼白山神社は、旧長沼村の鎮守社として慶長17年(1612)に香取羽黒合社として創建したといいます。大正元年(1912)戸ケ崎香取神社に合社され、大正4年(1915)白山耕地から正圓寺の前(この地より北東の方向、三十メートルの地)に遷宮、戦後には分社したものの、平成11年当地に遷宮、翌年戸ケ崎香取神社に合社したといいます。

新編武蔵風土記稿による長沼白山神社の由緒

(長沼村)香取羽黒合社
村の鎮守なり正圓寺持。(新編武蔵風土記稿より)

長沼白山神社建設委員会掲示による長沼白山神社の由緒

長沼白山神社の由来
安土桃山時代に、当時沼地であった、この下総国戸ケ崎郷の地域を先人たちが開拓開墾し、長沼部落が発祥したと思われる。延宝元年(一六七三)に戸ケ崎村から分村し長沼村となり、更に元禄の頃、鎌倉村を分村した。東西六町(一町は一〇八メートル)南北七町半、戸数は二十三戸と新編武蔵風土記稿に記されている。
本神社は部落の鎮守として、部落の中心(この地より東の方向約二〇〇メートルの地)に、香取大明神、羽黒大権現と合祀して、願主白石茂兵衛ら十三名によって慶長十七年二月(一六一二)に建立され、部落の寺である正圓寺の別当として維持管理を委託したことが、棟札に記されている。白山神社の称号は、白山比咩神を崇拝する村民の白山信仰に起因すると思われる。またこの地域を白山耕地と呼ぶようにもなった。合社に、稲荷大明神、天神宮が献納されたことが知られる。大正元年八月(一九一二)、法令により戸ケ崎香取神社に合社される。大正四年(一九一五)、白山耕地から正圓寺の前(この地より北東の方向、三十メートルの地)に遷宮され、遥拝所となった。戦後に分社独立し、建立より三八八年余り村民に崇拝されて来た。
遷宮、合社の経緯
昭和四十四年(一九六九)、国道二九八号の計画が発表されるとともに、氏子の総意で神社用地費・移転用費を賄うための積み立てを始めた。道路公団との交渉、移転先の剪定など、関係者の尽力により、平成十一年十一月二十一日(一九九九)この地に遷宮するに至った。永い歴史を有する長沼白山神社の遺構は、社殿の彫刻を始め、境内の松など、その多くを、新社殿建立に際し残すことができた。税制等の変革に伴い、神域の維持を個人に依存することが次第に困難となった。戸ケ崎香取神社のご理解により、平成十二年六月(二〇〇〇)合社し、香取神社の飛地境内地とした。遷宮、合社を記念して、ここにその経緯を記す。(長沼白山神社建設委員会掲示より)


長沼白山神社の周辺図


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