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彦野女体神社。三郷市彦野の神社

彦野女体神社の概要

彦野女体神社は、三郷市彦野にある神社です。彦野女体神社の創建年代は不詳ですが、筑波山神社の女神を勧請して創建したといいます。明治6年村社に列格、明治40年字屋敷添の稲荷社を合祀したといいます。

彦野女体神社
彦野女体神社の概要
社号 女体神社
祭神 筑波男大神、筑波女大神
相殿 -
境内社 稲荷社
祭日 -
住所 三郷市彦野1-42
備考 -



彦野女体神社の由緒

彦野女体神社の創建年代は不詳ですが、筑波山神社の女神を勧請して創建したといいます。明治6年村社に列格、明治40年字屋敷添の稲荷社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による彦野女体神社の由緒

(彦野村)
女體権現社
村の鎮守なり、密蔵院持、下同じ。
稲荷社(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による彦野女体神社の由緒

女体神社
彦野は、中川左岸の自然堤防上に位置し、寛永年間(一六二四-四四)に下総国から武蔵国に編入されたという。『風土記稿』には「村内に小金道とて埼玉郡八條村より、下総国小金への往還あり」と記されている。
村の開発は、屋号を屋敷と呼ぶ宮田家の先祖によると伝えられる。昔、ここから流山辺りまでの一帯は、宮田家の土地であったといわれ、更に同家は、小金道に沿って二軒の分家を出し、本貫である下総国との行き来の際の休み所としていたとの話も伝えており、当地と下総国との結び付きをうかがわせる。
当社の創建年代は明らかでないが、口碑によれば、筑波山神社の女神を勧請したこせに始まるという。また『明細帳』には「不詳ト雖ドモ元禄十巳年(一六九七)検地前ヨリ社殿建設有之及天保十三寅年(一八四二)九月中氏子尽力シテ再建」とある。
別当については、『風土記稿』に「女体権現社、村の鎮守なり、密蔵院持」と載せている。この密蔵院は、彦成村の大寺である円明院の末寺である。ちなみに、本殿内に納められている本地仏の十一両観音座像は、同じ円明院の門徒である下彦川戸村の玉蔵院の法印祐梓により奉納されたことが、その銘文からわかる。
明治六年に村社となり、同四十年に字屋敷添の稲荷社を合祀した。(「埼玉の神社」より)


彦野女体神社の周辺図


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