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番匠免神明神社。三郷市番匠免の神社

番匠免神明神社の概要

番匠免神明神社は、三郷市番匠免にある神社です。番匠免神明神社は、延元元年(1336)の春に創建したといいます。明治6年村社に列格、明治40年には村内の稲荷社を合祀したといいます。

番匠免神明神社
番匠免神明神社の概要
社号 神明神社
祭神 大日孁貴尊(別名天照皇大神)
相殿 宇賀能魂命
境内社 稲荷社
祭日 -
住所 三郷市番匠免1-126
備考 -



番匠免神明神社の由緒

番匠免神明神社は、延元元年(1336)の春に創建したといいます。明治6年村社に列格、明治40年には村内の稲荷社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による番匠免神明神社の由緒

(番匠免村)
神明社
村の鎮守なり、迎攝院持、下同
稲荷社
庚申社
村持、享保十一年の起立と云(新編武蔵風土記稿より)

埼玉県・三郷市掲示による番匠免神明神社の由緒

神明神社
神明神社は、延元元年(1336)の春勧請し、明治四十年稲荷神社を合祀した。祭神は、大日孁貴尊(別名天照皇大神)で宇賀能魂命が合祀されている。
祭礼は、元旦祭、例祭(御備社祭、一月二十日)、月次祭(毎月一日)、夏祭(大般若祭、七月七日前後の日曜日)、秋祭(お日待十月十五日)である。
例祭は、氏子一同の安全、天下泰平、五穀豊穣、開運等諸願成就を祈願する祭礼である。
夏祭は、僧侶が神社で大般若をめくりながら読経し、終ると大般若を六個の箱に納めて天秤で担いで町内を練り歩いて各戸を回る。玄関にて箱をトントンと六回置いて次に回り、当番の家では、その箱の一つに乗ったり、結んである縄などをちぎったりして五穀豊穣、無病息災を祈願している。
秋祭は、豊作等に感謝する祭礼で、昔は宵宮から村中の人々が集まり、語り合いながら朝日の出るまで宴が行われた。
なお、神明神社は、平将門(九四〇年没)が守り神として長く信仰した神社として知られている。(埼玉県・三郷市掲示より)

「埼玉の神社」による番匠免神明神社の由緒

当社は、中川左岸の自然堤防上に広がる農業地域である番匠免に鎮座する。番匠とは大工の古称であ一り、地名の由来については、『風土記稿』にあるよ十に、当地が番匠の免田(税を免除された田)であったことによるとする説と、古くは「番匠面」とも書いたことから、当地に優れた面を作る番匠がいたことによるとする説がある。
村の開発の年代は定かでないが、比較的古く、室町時代の文書に既にその名が見えるはか、地内には多数の板碑が存し、その最古のものは天授三年(一三七七)の年紀を持つ。
当社の創建の年代もまた不明で、その由緒を伝える史料は今のところ見つかっていない。しかし、古くから番匠免の鎮守として祀られているとの口碑があり、『風土記稿』にも「神明社、村の鎮守なり、迎攝院持」と記されている。神明造りの本殿内に、祭神大日孁貴命の本地仏として雨宝童子像が納められているのは、こうした神仏習合のころの名残である。明治になると迎攝院の管理を離れ、明治六年、村社となった。更に、同四十年二月五月には地内の稲荷社を合祀した。
この稲荷杜は、通称を篠田稲荷といい、宝暦二年(一七五二)に篠田又兵衛ほか二名が和泉国(大阪府)泉北郡信太村信太森(篠田森)に鎮座する葛薬稲荷から分霊を受けて祀ったもので、諸般の事情から大正十三年、当社から旧地に戻り現在に至っている。(「埼玉の神社」より)


番匠免神明神社の周辺図


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