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伊弉諾神社。熊谷市上川上の神社

伊弉諾神社の概要

伊弉諾神社は、熊谷市上川上にある神社です。伊弉諾神社の創建年代は不詳ながら、宗尊親王の供をしていた宮田太郎貞明が当地に逃れて宮守りとなったと伝えられ、上川上村の鎮守社だったといいます。当社と下川上熊野神社大塚熊野神社の三社を総称して「熊野三所権現」と呼ぶといいます。

伊弉諾神社
伊弉諾神社の概要
社号 伊弉諾神社
祭神 伊弉諾命,伊弉冉命
相殿 -
境内社 機神、八幡、金刀比羅、稲荷
祭日 -
住所 熊谷市上川上36
備考 -



伊弉諾神社の由緒

伊弉諾神社の創建年代は不詳ながら、宗尊親王の供をしていた宮田太郎貞明が当地に逃れて宮守りとなったと伝えられ、上川上村の鎮守社だったといいます。当社と下川上熊野神社大塚熊野神社の三社を総称して「熊野三所権現」と呼ぶといいます。

新編武蔵風土記稿による伊弉諾神社の由緒

(上川上村)熊野社
村内の鎮守なり。
末社、八幡、若宮、稲荷、荒神
神職宮田丹波、吉田家の配下なり。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による伊弉諾神社の由緒

伊弉諾神社<熊谷市上川上三六(上川上字十二所)>
当社の創建は、中世、紀伊国熊野三所権現を勧請したことによると伝える。この伝承に基づくものであろうか、当社と隣村の下川上の熊野社大塚の熊野社の三社が総称して「熊野三所権現」と呼ばれる。「宮田氏家系図」によると、鎌倉期、征夷大将軍に任じられた宗尊親王が執権である北条氏の隙を見て密かに帰京したことから、この供をした平家ゆかりの宮田太郎貞明は、北条氏の追及を恐れてこの地に逃れ、当社の宮守りになった。この宮田家は『風土記稿』に「神職宮田丹波吉田家の配下なり」と載り、明治初期まで二二代にわたり当社の祭祀に専念した。その後、親類に当たる茂木家がこれを継ぎ、現在に至っている。
本殿には、享保九年(一七二四)銘の金幣のほかに、嘉永三年(一八五〇)の棟札が納められており、これには「奉再興大隅流唯一権現作御宮一宇敬御造営」とあり、番匠に当村の稲村徳次郎・大嶋夏五郎の名が見られる。また、拝殿に掛かる嘉永五年(一八五二)の「勧進相撲」の絵馬は、当社修築の際に江戸の二所ケ関部屋の力士を当地に招いて行った相撲興行を記念して奉納されたもので、見物人の生き生きとした姿が描かれており興味深い。なお、この翌年の安政二年(一八五五)には、神祇管領から「伊弉諾神社熊野大権現」の幣帛を受けている。(「埼玉の神社」より)


伊弉諾神社所蔵の文化財

  • 黒馬図(熊谷市指定文化財)
  • 相撲絵馬(熊谷市指定文化財)

黒馬図

江戸時代の狩野派の画風の大絵馬で、横一三九、五cm、縦八十一・五cmの大きさである。
力量ある素描力と構成力により生命の躍動が感じられるものです。(熊谷市教育委員会掲示より)

伊弉諾神社の周辺図




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