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今井赤城神社。熊谷市今井の神社

今井赤城神社の概要

今井赤城神社は、熊谷市今井にある赤城神社です。今井赤城神社の創建年代は不詳ながら、鳥居残欠の寛文10年(1670)銘から江戸時代中期には既に祀られていたといいます。江戸時代には今井村の鎮守社となっており、明治6年には村社に列格、明治42年に今井村内にあった五社を合祀したといいます。

今井赤城神社
今井赤城神社の概要
社号 赤城神社
祭神 赤城大明神
相殿 -
境外摂社 八坂神社
祭日 -
住所 熊谷市今井282-1
備考 -



今井赤城神社の由緒

今井赤城神社の創建年代は不詳ながら、鳥居残欠の寛文10年(1670)銘から江戸時代中期には既に祀られていたといいます。江戸時代には今井村の鎮守社となっており、明治6年には村社に列格、明治42年に今井村内にあった五社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による今井赤城神社の由緒

(今井村)赤城社
村の鎮守なり。今井寺持、本地佛地蔵を安ぜり。
末社、天王、道祖神。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による今井赤城神社の由緒

赤城神社(熊谷市今井(今井字赤城))
当社の創建は、口碑によれば、群馬県宮城村の赤城神社を勧請したことによると伝える。その年代については不明であるが、参道の入口に置かれている鳥居残欠の刻銘により寛文十年(一六七〇)には既に祀られていたことが知られる。
造営記録として三枚の棟札が残されている。最も古いものは、天和元年(一六八一)の本殿再建棟札で「社主真乗院」の名が見える。ただしその事歴は明らかでない。更に寛政二年(一七九〇)に覆が建立され、次いで文化十一年(一八一四)には拝殿と廊が再建された。後の二枚の棟札には、本山派修験であった今井寺が別当として記されている。
また、内陣に収められている霊璽と宗源祝詞から、天明五年(一七八五)に神祇管領の調製による「赤城明神」の霊璽を権請したことがわかる。
『風土記稿』は当社を「村の鎮守なり、今井寺持、本地仏地蔵を安ぜり、末社 天王 道祖神」と載せている。
明治初年の神仏分離により今井寺は復飾し、今井姓を名乗って神職となり、一代限りではあるが祀職を務めた。その後は、古宮神社社家の茂木家が奉仕するところとなった。なお、当社は明治六年に村社となり、同四十二年に地内にあった五社の無格社の合祀を行った。(「埼玉の神社」より)


今井赤城神社の周辺図




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