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浅間神社(広瀬)。熊谷市広瀬の神社

浅間神社(広瀬)の概要

浅間神社(広瀬)は、熊谷市広瀬にある浅間神社です。浅間神社(広瀬)は、駿河国の富士浅間大神を勧請して承久元年(1219)に創建、広瀬村の鎮守だったといいます。明治維新後村社に列格、大正2年村内にあった山王社・天神社を合祀したといいます。

浅間神社(広瀬)
浅間神社(広瀬)の概要
社号 浅間神社
祭神 木花咲耶姫命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 熊谷市広瀬115
備考 -



浅間神社(広瀬)の由緒

浅間神社(広瀬)は、駿河国の富士浅間大神を勧請して承久元年(1219)に創建、広瀬村の鎮守だったといいます。明治維新後村社に列格、大正2年村内にあった山王社・天神社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による浅間神社(広瀬)の由緒

(廣瀬村)
浅間社
村の鎮守、村持、下同
山王社
天神社(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による浅間神社(広瀬)の由緒

浅間神社(熊谷市広瀬一一五(広瀬字不二ノ腰))
広瀬の地名由来について、『大麻生郷土史稿』に載る宝暦十一年(一七六一)七月二十六日名主市太夫の「村名・社寺・百姓書上げ」には、久安元乙丑年(一一四五)大和国広瀬郷河野村の広瀬郷右衛門という人が当地に移り住んだ。折しも長雨で荒川が増水し、広い瀬となっていたので、出身地をしのんで名付けたとある。
『風土記稿』には「浅間社 村の鎮守、村持、下同、山王社 天神社」と村内三社の記載がある。また『明細帳』には、大正二年に村社である浅間社に、山王社と天神社を合祀した記事が見られる。
冒頭の、名主市太夫の書上げは、この村内三社の創建を次のように記している。
浅間社は、承久元己卯年(一二一九)六月、駿河国より富士浅間大神を遷す。元文三戊午年(一七三八)地頭より富士浅間免の地、中田五畝二十二歩を寄附される。氏子は宿新田東で、別当は南光院である。
山王社は、山王宮塚という所に、文亀元辛酉年(一五〇一)近江国滋賀郡坂本より遷す。氏子は高橋廓である。
天神社は、久安二丙寅年(一一四六)正月、京都の北野より遷す。別当を円福寺が務め、氏子は村中である。
なお、山王社の旧地は、現在の国指定史跡「宮塚古墳」で、上円下方墳と呼ばれ、方形の上に円墳がある珍しい姿である。(「埼玉の神社」より)


浅間神社(広瀬)の周辺図




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