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三島神社(原島)。熊谷市原島の神社

三島神社(原島)の概要

三島神社(原島)は、熊谷市原島にある三島神社です。三島神社(原島)の創建については不詳ながら、原島村小名今泉の鎮守社だったといいます。

三島神社(原島)
三島神社(原島)の概要
社号 三島神社
祭神 大山祇命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 熊谷市原島877
備考 -



三島神社(原島)の由緒

三島神社(原島)の創建については不詳ながら、原島村小名今泉の鎮守社だったといいます。

新編武蔵風土記稿による三島神社(原島)の由緒

(原島村)
三島社
小名今泉の鎮守なり、吉祥寺の持(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による三島神社(原島)の由緒

三島神社(熊谷市原島八七七(原島字三島))
原島は利根川と荒川の間に位置しているが、かつては荒川の流域に含まれていた所であった。このため地下は砂利層で水はけが良く、古くから耕作に適した土地であった。
江戸期の原島は、初め幕府領であったが、正保元年(一六四四)に鳥居・内藤両氏の相給となった。このうち鳥居氏の知行分は寛延元年(一七四八)にその兄弟に分地した。一方、内藤氏の知行分は寛保元年(一七四一)に幕府領となったが、宝暦三年(一七五三)には更に旗本田付氏の知行地となった。こうして宝暦三年以後、原島は三氏の相給となったのである。
『風土記稿』には、小名として窪谷戸・今泉・前原島の三つを載せ、更に神社については「三島社 小名今泉の鎮守なり、稲荷社 前原島の鎮守とす、天王社 窪谷戸の鎮守なり、天神社、以上四社吉祥寺の持」と紹介している。このように小名ごとに鎮守を持っていたことは、当地が三氏の支配となっていたことと深いかかわりがあると考えられる。
当社は同書に見えるように、古くから今泉の鎮守であるが、創建年代については明らかでない。口碑によると、伊豆国一の宮である三嶋大社を勧請したという。祭神は大山祇命で、内陣には三嶋大明神像を安置している。(「埼玉の神社」より)


三島神社(原島)の周辺図




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