宮登神社。鴻巣市宮前にある神社、聖権現、宮登古墳
宮登神社の概要
宮登神社は、江戸時代には聖権現社と称し、光徳寺を創建した高野僧の源楽(天長2年825年寂)の徳を称えて聖権現(道主貴神)として祀っていたといいます。明治時代に箕田の氷川八幡神社を勧請、宮登神社と通称します。本殿裏には、鴻巣市指定史跡となっている宮登古墳があります。
| 社号 | 宮登神社 |
|---|---|
| 祭神 | 誉田別命 |
| 相殿 | 聖権現(道主貴神) |
| 境内社 | - |
| 祭日 | - |
| 住所 | 鴻巣市宮前88 |
| 備考 | 宮登古墳 |
宮登神社の由緒
宮登神社は、江戸時代には聖権現社と称し、光徳寺を創建した高野僧の源楽(天長2年825年寂)の徳を称えて聖権現(道主貴神)として祀っていたといいます。明治時代に箕田の氷川八幡神社を勧請、宮登神社と通称します。
新編武蔵風土記稿による宮登神社の由緒
聖権現社
村の鎮守なり。天長年間紀州高野山の僧当所光徳寺を開基せしゆへ、彼聖を崇てかく祀ると云。光徳寺持。末社に弁天庚申の二社あり。(新編武蔵風土記稿掲示より)
宮登神社所蔵の文化財
- 宮登古墳(鴻巣市指定史跡)
宮登古墳
箕田古墳群中の一基で、荒川に面する大宮台地の西側縁辺部に位置している。
墳丘の保存状態は比較的良好で、直径20m、高さ2m程を有する円墳である。昭和34年に埋葬部の発掘調査が行われており、それによると主体部は、角閃石安山岩を使用した胴張り型横穴式石室で、玄室長2.9m奥壁幅1.3m、高さ1.65mを有する。
玄室内からは、須恵器はそう・鉄鏃・切子玉(水晶製)・管玉・丸玉他が出土しており、これらの遺物から七世紀の前半から中頃かけて築かれた古墳と考えられている。また、埴輪類は認められていないので、埴輪樹立の風習が行われなくなった以後のものであろう。
なお、石室に使われた角閃石安山岩は、群馬県榛名山二ツ岳の爆発によりできた岩石で、利根川流域に分布する。本墳を作った人々は利根川からわざわざこの岩石を運んだものであろう。(鴻巣教育委員会掲示より)
宮登神社の周辺図
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宮登神社鳥居