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大徳寺。川口市道合にある真言宗豊山派寺院

大徳寺の概要

真言宗豊山派寺院の大徳寺は、安養山無量壽院と号します。大徳寺は、下野国鶏足寺末として大化3年に創建、その後真言宗寺院となったといいます。武蔵国八十八ヶ所霊場50番です。

大徳寺
大徳寺の概要
山号 安養山
院号 無量壽院
寺号 大徳寺
住所 川口市道合1221
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 北川口幼稚園



大徳寺の縁起

大徳寺は、下野国鶏足寺末として大化3年に創建、その後真言宗寺院となったといいます。

新編武蔵風土記稿による大徳寺の縁起

(道合村)大徳寺
新義真言宗、西新井村総持寺の末、安養山無量壽院と號す、中興開山祐賢元禄十二年九月廿六日寂す。
白山山王合社。天正年中東照宮御遊猟の時、當寺に十三日の間御滞留ましましけるが、其節この山王社の扁額に御筆を染させられて下し賜ふとなり、かかる御由緒もあれば、後年御神號をも合せ勧請し奉りしと云、御筆の額は近き頃焼失すと云、此説うけがたし、故ありて御神號をまつり奉りしより、かく附會せしならん。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による大徳寺の縁起

大徳寺縁起
当山は今をさかのぼること千三百十年余年大化三年に下野国鶏足寺末として道合の地に創立され、のち弘法大師の来山により真言道場となる。下って真義真言宗豊山派寺院として安養山無量寿院と号す。
天正十九年(一五九一年)徳川家康公鷹狩の際当寺に十三日間滞留し直筆の扁額を賜うと記録に残されている。その後数度の火災に遇ったが昭和四十四年より同五十三年に亘り檀家早大始め檀信徒の総力を挙げての後援を得て第二十八世住職後藤晃進諸堂守の再建を全うす。(境内掲示より)


大徳寺の周辺図