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宝厳院慈林寺。川口市安行慈林にある真言宗智山派寺院

宝厳院慈林寺の概要

真言宗智山派寺院の宝厳院慈林寺は、医王山と号します。宝厳院は、元文4年(1739)の縁起によれば、天平13年(741)聖武天皇の勅願によって行基菩薩が薬師堂として創建、文徳天皇の代に再興、清和天皇の代に寺領を拝領したといいます。寛永19年(1642)には徳川幕府より寺領30石の御朱印を薬師堂領として拝領、中本寺として周辺に数多くの末寺を擁していた他、領家光音寺朝日薬林寺の薬師と併せて当地周辺の3薬師と呼ばれていたといいます。武蔵国八十八ヶ所霊場53,88番です。

宝厳院
宝厳院の概要
山号 医王山
院号 宝厳院
寺号 慈林寺
住所 川口市安行慈林954
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 慈林薬師会館
備考 -



宝厳院慈林寺の縁起

宝厳院は、元文4年(1739)の縁起によれば、天平13年(741)聖武天皇の勅願によって行基菩薩が薬師堂として創建、文徳天皇の代に再興、清和天皇の代に寺領を拝領したといいます。寛永19年(1642)には徳川幕府より寺領30石の御朱印を薬師堂領として拝領、中本寺として周辺に数多くの末寺を擁していた他、領家光音寺朝日薬林寺の薬師と併せて当地周辺の3薬師と呼ばれていたといいます。

新編武蔵風土記稿による宝厳院慈林寺の縁起

(慈林村)薬師堂
堂領三十石は寛永十九年安行村の内吉岡組にて賜へり、本尊薬師は行基の作なり、此堂は天平十三年聖武天皇の勅によりて行基菩薩の草創なり、其後文徳天皇の御宇御再興ありて、清和帝の御代に至りて寺領を賜はりし由、縁起に見えたれど、それより後のことを詳にせず、殊に此縁起は元文四年になりし者なれば採らず、領家樋爪及當村の薬師を合せ、此邊の三薬師と稱せり。
二王門。
鐘楼。
氷川社。村の鎮守なり。
十二神社。
三十番神堂。
観音堂。七體観音を安ず。
地蔵堂。
閻魔堂。
別当、寶厳院。
新義真言宗、醍醐三寶院末、医王山慈林寺と號す。本尊不動慈覚大師の作なり、中興開山の僧を神慶法印と呼ぶ、今に至るまで廿世に及ぶと云。
寺中。福寿院、山本寺、源正寺、光明院、内山寺、阿弥陀坊。以上皆中絶していまだ再建に及ばず。(新編武蔵風土記稿より)


宝厳院慈林寺の周辺図


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