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西立野二宮神社。川口市西立野の神社、立野村の鎮守

西立野二宮神社の概要

西立野二宮神社は、川口市西立野にある二宮神社です。西立野二宮神社の創建年代は不詳ですが、古くより氷川社と称し、江戸時代には立野村の鎮守社だったといいます。明治42年に長蔵新田村の鎮守社稲荷社を合祀、二宮神社と改称したといいます。

西立野二宮神社
西立野二宮神社の概要
社号 二宮神社
祭神 素盞嗚命、櫛稲田姫命
相殿 天照皇大神、倉稲魂命、手力乎命、保食命、大国主命、菅原道真公、惶根命、面足命、建御名方命
境内社 御嶽神社、稲荷神社、疱瘡・榛名・第六天・大山阿夫利
祭日 -
住所 川口市西立野1110
備考 立野村の鎮守



西立野二宮神社の由緒

西立野二宮神社の創建年代は不詳ですが、古くより氷川社と称し、江戸時代には立野村の鎮守社だったといいます。明治42年に長蔵新田村の鎮守社稲荷社を合祀、二宮神社と改称したといいます。

新編武蔵風土記稿による西立野二宮神社の由緒

(立野村)氷川社
村の鎮守なり
末社、疱瘡神社。
別当光明院
本山派修験、中尾村玉林院配下なり、小松山と號す。
(長蔵新田)稲荷社
村の鎮守なり、此地を開墾せし長蔵が勧請なりと云、故に其子孫茂平次が持なり
末社。辨天社。(新編武蔵風土記稿より)

埼玉県神社庁「埼玉の神社」による西立野二宮神社の由緒

二宮神社(西立野1110)
当社は、元来は氷川神社と称し、立野村の鎮守として祀られてきたが、明治四十年五月二十九日に長蔵新田の鎮守であった稲荷社を合祀したことを機に、同四十二年十月三十日をもって二宮神社と改称したものである。地元で当社のことを「氷川様」と呼ぶ人が多いのはそのためで、合祀当時、氷川神社も稲荷社も共に社格は村社であったため、こうした措置が取られたものと思われる。なお、この合祀は、村社にふさわしい神社へ規模を拡大する目的で行われたとの説もあり、合祀と同時に社務所が新設されたのもその企図に沿うものであったらしい。
江戸時代においては、当社の祭祀は別当の光明院が行っていた。光明院は本山派修験であり、当社の真東に位置していたが、幕末に住持の不始末が原因で廃寺となった。(埼玉県神社庁「埼玉の神社」より)


西立野二宮神社の周辺図


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