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安行氷川神社。川口市安行の神社、旧安行村の鎮守

安行氷川神社の概要

安行氷川神社は、川口市安行にある氷川神社です。安行氷川神社の創建年代は不詳ですが、元禄13年に社殿が造営された棟札が残されているといいます。明治40年大字安行字立ノ崎の無格社氷川社、字大原の無格社神明社、字宮下の無格社金山社、字宮越の無格社浅間社を合祀を合祀したといいます。

安行氷川神社
安行氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 素盞嗚命
相殿 -
境内社 神明社、金山社、浅間社
祭日 -
住所 川口市安行1059
備考 旧安行村の鎮守



安行氷川神社の由緒

安行氷川神社の創建年代は不詳ですが、元禄13年に社殿が造営された棟札が残されているといいます。明治40年大字安行字立ノ崎の無格社氷川社、字大原の無格社神明社、字宮下の無格社金山社、字宮越の無格社浅間社を合祀を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による安行氷川神社の由緒

(安行村)氷川社
村の鎮守なり、不動の像を安ず。
末社。稲荷社、天神社。(新編武蔵風土記稿より)

埼玉県神社庁「埼玉の神社」による安行氷川神社の由緒

安行 氷川神社
往古、鎮座地は老杉の茂る神さびた所で、『郡村誌』には「社地中に杉の大木あり」と記録されている。この大木は旧社殿の東隣にあったもので、昭和二十年代に自然枯死したため、伐採売却され、その代金の一部をもって社殿を改築している。この時、社殿は三〇メートル余り西の現在地に移転している。
祭神はスサノヲノミコトで、本殿には衣冠男神座像が奉安される。
社蔵の棟札によると、元禄十三年(一七〇〇)十二月に当社の拝殿が造営されている。当時の別当住僧は、自現房快宥である。快宥は、越後国出雲崎町にある円明山快栄法印の弟子で、学問修行のため、縁あって当地の真言宗赤芝山円福寺に入り、当社の造営に助力する。住居は、当地の中山氏が山林二畝一八歩に証文一通を添えて寄進している。この円福寺は、当社の南野側にあったが、明治打年の神仏分離により廃寺になっている。
明治期、当社は大字安行原に鎮座する九重神社に合祀されることになったが、氏子が一丸となって反対したため合祀を免れている。『明細帳』によると、明治四十年六月七日、大字安行字立ノ崎の無格社氷川社、字大原の無格社神明社、字宮下の無格社金山社、字宮越の無格社浅間社を合祀している。このうち氷川社は当社本殿に合祀し、他の三社は境内に合祀したため、現在、境内に三社様と呼ばれる社がある。(埼玉県神社庁「埼玉の神社より)


安行氷川神社の周辺図


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