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眞行寺。川越市宮元町にある真宗大谷派寺院

眞行寺の概要

真宗大谷派寺院の眞行寺は、至誠山成就院と号します。眞行寺は、武田信玄の妹(娘か?)眞行尼が若山某・岩崎某の二人に懐抱えられて当地へ落ち延び、当所で一寺を建立、武田勝頼の子息が二世となったといいます。

眞行寺
眞行寺の概要
山号 至誠山
院号 成就院
寺号 眞行寺
住所 川越市宮元町1-2
宗派 真宗大谷派
本尊 阿弥陀如来像
葬儀・墓地 -
備考 -



眞行寺の縁起

眞行寺は、武田信玄の妹(娘か?)眞行尼が若山某・岩崎某の二人に抱えられて入間郡へ落ち延び、当所で一寺を建立、武田勝頼の子息が二世となったといいます。

新編武蔵風土記稿による眞行寺の縁起

(寺井宿・寺井松郷・寺井伊佐沼)眞行寺
寺井宿の内也、至誠山成就院と號す、一向宗、京東本願寺末、開基眞行尼は武田信玄の妹なり、武田勝頼沒落の後、若山某・岩崎某の二人に懐抱せられて、郡内上吉田村に姑く住し、夫より城下町の内改めと云處に移り、夫より今の所へ来り一寺を建立し、己が名をもて寺號とせし由、卒年は傳へず、按に眞行尼は武田信玄の女子なりと物には見えたれど、寺傳には妹なりと云、何を實とも今より斷ず可らざれば姑く寺傳に従ふ、彼若山・岩崎の子孫今横見郡荒子村に残れりと云、當寺第二世は、武田勝頼が妾腹の男子なりと傳るのみにて、是も卒年は傳へず、第三世正因は正保二年六月晦日に寂せし由、其後八世の住僧故有て退院せし時、總て舊記を失へり、本尊彌陀の立像長二尺春日の作なり。
太子堂。太子十六歳卯時の御形を寫せしものにて、立像長四尺許、御頭許は御自作なりと云。(新編武蔵風土記稿より)


眞行寺の周辺図




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