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最勝院。春日部市粕壁にある真言宗智山派寺院

最勝院の概要

真言宗智山派寺院の最勝院は、華林山慈恩寺と号します。慈恩寺の僧奝尊が、当地に創建したと伝えられます。僧俊弘(延宝7年1679年寂)が中興、法流の祖俊慶(正徳元年1711年寂)により天台宗から真言宗へ改宗したと推定されます。慶安元年(1649)15石の朱印状を拝領した御朱印寺で、近郷に末寺を擁した小本寺でした。江戸期には新西国三十三ヶ所33番でした。

最勝院
最勝院の概要
山号 華林山
院号 最勝院
寺号 慈恩寺
住所 春日部市粕壁3-9-20
宗派 真言宗智山派
本尊 千手観音
葬儀・墓地 -
備考 新西国三十三ヶ所33番



最勝院の案内

最勝院は、慈恩寺の僧奝尊が、当地に創建したと伝えられます。僧俊弘(延宝7年1679年寂)が中興、法流の祖俊慶(正徳元年1711年寂)により天台宗から真言宗へ改宗したと推定されます。慶安元年(1649)15石の朱印状を拝領した御朱印寺で、近郷に末寺を擁した小本寺でした。

新義真言宗、山城国醍醐三宝院の末、慶安元年15石の御朱印を賜ふ。
相伝ふ往古は慈恩寺観音堂の別当なりしが、永正元年奝尊といへる僧の住職せし頃、故ありて彼を辞して当所ヘ引移れり。因って華林山慈恩寺最勝院と称すと云、されど此伝へ慈恩寺にては、沙汰せざつことなれば疑ふべし、此僧慈恩寺の住職たることはさもあるべし、思ふに彼が慈恩寺に在し、内別に一寺を当所へ建立し、山号・寺号共に本寺の称号を襲ひ用ひ、其内寺号は本尊の通称たるをもてこれを憚り、其院号をもて常の称とせしもんあらん、さるにより始は天台宗なりしが、中古今の宗に改む、中興開山を俊弘と云、延宝7年示寂、墓所に石碑あり、此僧高徳の聞えありて、僧俗の信仰斜ならず、示寂の後も諸人群詣すと云、其後法流の開祖を俊慶と称す、正徳元年11月21日寂す。
本尊千手観音弘法大師の作と云。
鐘楼元禄4年鋳造の鐘をかく。
寺宝繍御打敷二枚。慶安4年大猷院殿日光山へ御葬送の時、当寺御旅館となり、其節賜りしと云、御棺の上を覆ひし御品なれど、今は御打敷と唱へ置り、惣體鳥獣草花を織出し、長9尺程、幅は上の方にて3尺、下は廣ごりて9尺許あり。
護摩堂、不動を安ず。
稲荷社。(新編武蔵風土記稿より)


最勝院のもと末寺

  • 粕壁玉蔵院
  • 粕壁普門院
  • 粕壁正蔵院
  • 粕壁成就院
  • 粕壁真蔵院
  • 粕壁妙薬院
  • 粕壁華蔵院

最勝院の周辺図


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