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高麗神社。日高市新堀の神社

高麗神社の概要

高麗神社は、日高市新堀にある神社です。高麗神社は、高句麗滅亡に伴い日本へ亡命してきた高麗民族のうちの一七九九人が武蔵国に霊亀2年(716)うつされ、新しく高麗郡が設置、高麗王若光薨斃の後王を祀ったといいます。天正19年社領3石の御朱印状を拝領、明治時代には県社に列格、現在別表神社となっています。政財界の崇敬も篤く、出世明神とも称されます。

高麗神社
高麗神社の概要
社号 高麗神社
祭神 高麗王若光
相殿 武内宿禰命、猿田彦命
境内社 -
祭日 桜まつり4月第一日曜日、例大祭10月19日、菊花展11月3日
住所 日高市新堀833
備考 旧県社、別表神社




高麗神社の由緒

高麗神社は、高句麗滅亡に伴い日本へ亡命してきた高麗民族のうちの一七九九人が武蔵国に霊亀2年(716)うつされ、新しく高麗郡が設置、高麗王若光薨斃の後王を祀ったといいます。天正19年社領3石の御朱印状を拝領、県社に列格、現在別表神社となっています。

新編武蔵風土記稿による高麗神社の由緒

(新堀村)大宮社
別当本山修験、篠井村観音堂配下にて、高麗山清乗院大宮寺と号す、社傳に曰、元正天皇の御宇、霊亀二年高麗王を始として、千七百九十九人の高麗人当郡に来住し、土地をひらき耕作の業を営む、聖武天皇の天平二十年、高麗王薨斃ず、即ちその霊をまつり、高麗明神と祟む、またこれを大宮明神と称ふ、王薨ずる日鬢髪共に白し、仍て白髭明神とも祭しと云々、神體唐衣冠の坐像にて長一尺許、最古色の像なり、例祭三月十五日、流鏑馬神事及び大般若を転読す、九月十九日獅子舞祭事あり、当村及び高麗・本郷・高岡・横手・久保・臺・梅原・栗坪等八ヵ村の産神なり、当社は鎮座以来今に至まで星霜千有余年なれば、その興廃しるべからず、又事実の傳へを失ひぬれば詳ならず、按ずるに続日本紀に従三位高倉朝臣福信は、武蔵国高麗郡の人なり、本姓背奈、其祖福徳、唐将李勤に属し、平壌城を抜き国家に来帰し、武蔵に居る、福信は即福徳の孫なり云々とあり、社傳に云高麗王とは福徳がことか、或は其子などなるも知べからず、別当大宮寺は高麗王の子孫にて、世々社司たりしに、延久四年園城寺行尊、同国の頃社司右京進が家に止宿し、其折柄の勧めに因て、竟に修験の道に入て名を塵純と改む、是より第六世永純が弟なるもの出家し慶瓣と号す、下野国足利郷鶏足寺に住せしが、建暦元年より承久二年まで、十年の間心願にて一宇三體して、書寫せし大般若経六百巻を当社に納めしより、例春三月転読を務と云、その後廿二世良道の時、東照宮当社の来因を聞し召し、天正十九年社領三石の御朱印を賜ふ、修験となりしより今の別当良純まで、すべて三十三世に及べり、社のうちに東照宮の御神體を安置したてまつる。
神寶
高麗王守護之独鈷、長五寸。
太刀一腰、中身延へかね刃なし、鐔赤銅切羽滅金、其外帯取より芝曳に至る迄、惣かなもの滅金にて、雀からくさの彫あり。
駒ノ角一個、長さ二寸一分根回り五分五輪。
大般若経一分、鶏足寺慶瓣が奉納せし所なり、暦年久しくして散逸し、今四百巻余あり、五寸に六寸なる綴本したてなり。
高麗王居跡、大宮明神社後の山上にあり、方一町余の平地なり、土人はこれを御殿跡と云ふ。(新編武蔵風土記稿より)

日高市掲示による高麗神社の由緒

高麗神社
高麗神社は、高句麗国の王族高麗王若光を祀る社である。
高句麗人は中国大陸の松花江流域に住んだ騎馬民族で、朝鮮半島に進出して中国大陸東北部から朝鮮半島の北部を領有し、約七〇〇年君臨していた。その後、唐と新羅の連合軍の攻撃にあい六六八年に滅亡した。この時の乱を遁れた高句麗国の貴族や僧侶などが多数日本に渡り、主に東国に住んだが霊亀二年(七一六)そのうちの一七九九人が武蔵国にうつされ、新しく高麗郡が設置された。
高麗王若光は、高麗郡の郡司に任命され、武蔵野の開発に尽くし、再び故国の土を踏むことなくこの地で没した。
郡民はその遺徳をしのび、霊を祀って高麗明神とあがめ、以来現在に至るまで高麗王若光の直系によって社が護られており、今でも多数の参拝客が訪れている。(日高市掲示より)

境内掲示による高麗神社の由緒

出世明神の由来
当社は遠く奈良時代元正天皇の御代高麗郡を統治した高麗王若光をお祀りした社で、創建より千三百年を数える関東有数の古社である。古来、霊験あらたかをもって知られ、高麗郡総鎮守として郡民の崇敬を受けてきた当社は、近代に入り水野錬太郎氏・若槻禮次郎氏・浜口雄幸氏・斉藤実氏・鳩山一郎氏等の著名な政治家が参拝し、その後相ついて総理大臣に就任したことから、出世開運の神として信仰されるようになった。近年では、政界・官界・財界を始め、各界人士の参拝が相次ぎ、特に法曹界では石田和外氏が最高裁判所長官、吉永祐介・北島敬介両氏が検事総長に就任された。(境内掲示より)


高麗神社所蔵の文化財

  • 高麗家住宅(国重要文化財)

高麗神社の周辺図


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