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川寺神明神社。飯能市川寺の神社

川寺神明神社の概要

川寺神明神社は、飯能市川寺にある神社です。川寺神明神社は、宮司家松本氏の祖先が当地付近に奉祀、明徳4年(1393)当地松本氏邸内の大欅の根方に遷座したといいます。明治5年村社に列格、明治41年字笠縫の神明社・稲荷社・地神社・熊野社・軍荼利社、及び各境内社10社を合祀したといいます。

川寺神明神社
川寺神明神社の概要
社号 神明神社
祭神 天照大御神・豊受姫大神
相殿 大山祇命、大物主命、崇徳天皇、保食命、軻遇突智命、天御中主命、神倭盤礼彦命、伊邪那美命、速玉男命、事解男命
境内社 -
祭日 例大祭4月
住所 飯能市川寺392
備考 -



川寺神明神社の由緒

川寺神明神社は、宮司家松本氏の祖先が当地付近に奉祀、明徳4年(1393)当地松本氏邸内の大欅の根方に遷座したといいます。明治5年村社に列格、明治41年字笠縫の神明社・稲荷社・地神社・熊野社・軍荼利社、及び各境内社10社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による川寺神明神社の由緒

(川寺村)神明社
奥ヶ谷にあり、神主松本伊豆吉田家の配下なり、神木の樫圍一丈七尺餘、古鰐口あり、圖上にのす。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による川寺神明神社の由緒

神明神社<飯能市川寺三九二(川寺字一本杉)>
古く、高麗郡は、高麗川に沿った高麗郷と入間川に沿う加治郷とからなっていた。当社の鎮まる川寺は、その加治郷に属し、村の開発は霊亀二年、郡の設置に始まるという。
当社の創建は社伝によると「字双木の神明森に小祠あり、伊勢の御師当社社家松本氏の祖故有って当地に留まり奉祀せる社なり、下って明徳四年松本氏邸内大欅の根方に遷す」という。また、現所在地を奥ヶ谷と称するが「これは高麗郡が置かれた時、八戸が居を構え、これを谷田(八田)と呼び、この奥にある水源を司る家、神職松本家を奥ヵ谷の宮と呼んだのにはじまる」という。
社前の欅は八〇〇余年の樹齢を誇り、昭和二五年県天然記念物の指定を受けている。また、社伝を裏付ける「明徳四年十一月十□日、加治奥谷神明」の銘がある鰐口が松本本家に秘蔵されている。
明治一一年の神明社書上に「元来当社は松本家の宅地に鎮座し同家において神職を務め、社頭の営繕も松本家で行い、村民は年に一度の祭典には参加したが経営にかかわらなかった。明治に至り村社となり宅地を社有地に寄進し氏子も確定したものである」と記している。
祭神は天照皇大神・豊受姫大神である。明治四一年字笠縫の神明社・稲荷社・地神社・熊野社・軍荼利社及び各境内社一〇社を合祀する。(「埼玉の神社」より)

飯能市史資料編による川寺神明神社の由緒

創建は、当社由緒の鰐口(市指定文化財)に「明徳四年癸酉十一月十五日」と刻んであることからそれ以前であろうと推定される。明治5年村社に列した。同41年3月13日下記の10社を合祀した。
神明社、山神神社、琴平神社、軍太利神社、稲荷神社、御嶽神社、地神社、無格社稲荷神社、熊坂神社、熊野神社(飯能市史資料編より)

境内掲示による川寺神明神社の由緒

当社は今より約六百年前、「西暦一三九三年」明徳四癸酉年十一月十五日創立、明徳南北一体となりし翌年にあたる。加治奥ヶ谷神明神社と現存する。
明治五年古来鎮守たるを以って村社に列する。(境内掲示より)


川寺神明神社の周辺図




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