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天祥寺。行田市埼玉にある臨済宗妙心寺派寺院、忍藩主松平家の祖松平忠明公開基

天祥寺の概要

臨済宗妙心寺派寺院の天祥寺は、海東山天祥寺と号します。奥平松平下総守家の藩祖松平忠明公が(天祥院殿)が開基となり、寛永年間大和郡山に創建されました。奥平松平家は、9代目忠堯の代に、文政6年(1823)に桑名藩より忍藩(行田市)へ移封、当寺も当地へ移転しました。京都花園にある妙心寺塔頭天祥院は当寺の末寺です。

天祥寺
天祥寺の概要
山号 海東山
院号 -
寺号 天祥寺
本尊 釈迦牟尼世尊
住所 行田市埼玉5209
宗派 臨済宗妙心寺派
葬儀・墓地 墓地・永代供養墓受付中
備考 -



天祥寺の縁起

天祥寺は、奥平松平下総守家の藩祖松平忠明公が(天祥院殿)が開基となり、寛永年間大和郡山に創建されました。奥平松平家は、9代目忠堯の代に、文政6年(1823)に桑名藩より忍藩(行田市)へ移封、当寺も当地へ移転しました。京都花園にある妙心寺塔頭天祥院は当寺の末寺です。

境内掲示による天祥寺の縁起

天祥寺由来
旧幕時代大名の数、二百七十余藩というが、十万石以上は五十余のみ、而も大名格の溜間詰は最高の格式にして、井伊大老、松平下総守外六家に過ぎず、御三家、加賀百万石より上位なり。
初代忠明公は家康の外孫、初代唯一の大阪城主として大阪復興にあたり、後に姫路城主となり西国探題の名君たり。
天祥院殿と法名す。即ち天祥寺開基、京都妙心寺に現存する塔頭、天祥院の本寺たり。
九代忠堯公、桑名より忍に移封、天祥寺を今の埼玉に建立、十一代名君忠国公、十二代忠誠公の三君、この蛍域の地下に眠る。
近時、この地、風土記の丘と称し、古墳群を埼玉県名発祥の地として自然公園とす。
現在松平家の墓所は行田市の文化財の指定を受けて目下大方の檀家のご協力を得、伽藍建立途上にあります。(境内掲示より)

新編武蔵風土記稿に記載されている当地の禅宗寺院

当地付近には、禅宗の長久寺・長永寺・普門寺がありました。(いずれも廃寺となっています)

長永寺

長久寺の門徒。雲翁山地蔵院と称す。本尊地蔵。当寺は元忍城の外廓江戸町にありしを、領主の命に依りて明暦3年(1657)ここ(埼玉郡埼玉村)に移せりと云。

普門寺

普門寺の本尊は、現在佐間妙音寺の本尊となっています。

禅宗曹洞派。新座郡野火止平林寺末、應身山と号す。本尊観音。当寺も長永寺と同じ所(元忍城の外廓)にありしを、同時にここ(埼玉郡埼玉村)に移せり。

長久寺

同宗曹洞派。佐間村清善寺の末。輝雲山と号す。本尊釈迦。開山は本山4世説傳察和尚、寂年を失ふ。爰(埼玉郡埼玉村)に移りしことは前と同じ。


天祥寺所蔵の文化財

  • 松平家墓(行田市文化財)

忍藩松平家に関する寺院

松平家は、忍城を守護するため、天祥寺を含めて菩提寺3ヶ寺及び東照宮等を桑名より移転させています。また江戸では天眼寺を菩提寺としていました。

天祥寺の周辺図


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