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藤間神社。行田市藤間の神社、旧藤間村鎮守

藤間神社の概要

藤間神社は行田市藤間にある神社です。藤間神社の創建年代や由緒については不詳ですが、古くから藤間村に稲荷社として鎮座、藤間村の鎮守社であったといいます。明治40年に村内にあった(藤間村旧村社の)雷電神社、雷電神社の末社の浅間社・塞神社を合祀、藤間神社と改称したといいます。

藤間神社
藤間神社の概要
社号 藤間神社
祭神 倉稲魂命
相殿 雷電神社・浅間社・塞神社
境内社 -
祭日 -
住所 行田市藤間453
備考 旧藤間村鎮守



藤間神社の由緒

藤間神社の創建年代や由緒については不詳ですが、古くから藤間村に稲荷社として鎮座、藤間村の鎮守社であったといいます。明治40年に村内にあった(藤間村旧村社の)雷電神社、雷電神社の末社の浅間社・塞神社を合祀、藤間神社と改称したといいます。

新編武蔵風土記稿による藤間神社の由緒

(藤間村)
稲荷社
村の鎮守なり、真名板村花蔵院持
雷電社
持同じ(新編武蔵風土記稿より)

埼玉県神社庁「埼玉の神社」による藤間神社の由緒

藤間の地地は見沼代用水(星川)をはじめ数本の用水が北西より南東へ貫流し、雨量が多い時には溢水に遭うほどの低地であるが、平素は「藤間さんまで米の飯、小針はヤキビン(余り飯にうどん粉・味噌を加え焼いたもの)砂ヤキビン云々」と言われるほど肥沃な土地である。
古く、当地には五ノ口の稲荷神社(当社)と一ノ口の雷電神社の二社があり、「風土記稿」によると、両社とも江戸期には真名板村の真言宗花蔵院が管理しており、稲荷神社が村の鎮守として信仰されていた。祭りは、稲荷神社が二月初午、雷電神社が七月二五日となっていた。
明治初めの神仏分離により、寺の管理を離れた両社は、稲荷神社が無格社、雷電神社が村社と格付けられた。
明治四〇年には、稲荷神社境内の右側に雷電神社を合祀するとともに、雷電神社末社の浅間社・塞神社を境内に合祀した。これにより旧来の社名稲荷神社を地名から藤間神社と改めた。祭神は倉稲魂命である。(埼玉県神社庁「埼玉の神社」より)


藤間神社の周辺図


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