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大宮神社。行田市持田の神社、旧大宮の小久伊豆社、旧持田村下組の鎮守、旧村社

大宮神社の概要

大宮神社は、行田市持田にある神社です。大宮神社の創建年代や由緒については不詳ですが、天正年間(1573-1592)に兵火に罹り焼失、天正15年(1587)に社殿を再建、当時は久伊豆社と称してしたといいます。当地は忍城大宮口にあたり、「大宮の久伊豆社」と呼ばれていました。江戸時代には持田村下組の鎮守となっていました。明治5年村社に列格、大正5年に字相之道の八幡社、字飯沼の天神社、下忍通の塞神社を合祀したといいます。

大宮神社
大宮神社の概要
社号 大宮神社
祭神 事代主神
相殿 -
境内社 三峰社、塞神
祭日 例祭日9月5日
住所 行田市持田6516
備考 旧持田村下組鎮守、旧村社、現行田八幡神社の兼務社



大宮神社の由緒

大宮神社の創建年代や由緒については不詳ですが、天正年間(1573-1592)に兵火に罹り焼失、天正15年(1587)に社殿を再建、当時は久伊豆社と称してしたといいます。当地は忍城大宮口にあたり、「大宮の久伊豆社」と呼ばれていました。江戸時代には持田村下組の鎮守となっていました。明治5年村社に列格、大正5年に字相之道の八幡社、字飯沼の天神社、下忍通の塞神社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による大宮神社の由緒

(持田村)下組の鎮守なり。天正15年の勧請と云。
別当峯雲寺
本山修験、屈巣村櫻本坊配下、不動を本尊とす。(新編武蔵風土記稿より)

埼玉県神社庁「埼玉の神社」による大宮神社の由緒

社伝によると「創建の年月不詳なれども、天正年中社殿兵火により焼失す。同五年忍城裏鬼門なるにより城主成田下総守社殿を再建し字大宮前において一石を免ずる」という。「風土記稿」に「持田村久伊豆社下組の鎮守なり、天正15年の勧請と云」とある。また「増補忍名所図会」に「久伊豆大明神大宮口御門の外にあり、別当亀行山峯雲寺修験なり、当社の鳥居は往古は今の沼尻組屋敷の東はずれにありしとかや、其頃、神君御入国の節如何しけん、笠木に亀昇り居しを御覧有て吉瑞なるべしと御感悦ましませしとかや、是より号して亀行山と称す」とある。
現在も当社を大宮の久伊豆社と呼ぶ人があり、これは城表鬼門除けの長野の久伊豆社(長野久伊豆神社)と区別するためという。当社の位置は戦略的にも城にとって重要な地点といわれ、天正18年石田三成が忍城攻略の火蓋を切った所であり、やがて攻めあぐねた三成により歴史上有名な水攻めが行われた。
祭神は事代主神であり、17.5cmの神像を祀る。流造り柿葺きの本殿は大正期修復と伝えるほかは造営等明らかにできない。
大正5年、字相之道の八幡社、字飯沼の天神社、下忍通の塞神社を合祀している。(埼玉県神社庁「埼玉の神社」より)


大宮神社の周辺図


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