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馬見塚神明社。行田市馬見塚の神社、旧村社

馬見塚神明社の概要

馬見塚神明社は、行田市馬見塚にある神明社です。馬見塚神明社の創建年代や由緒については不詳ですが、馬見塚字上の鎮守であったといいます。明治42年に馬見塚の久伊豆社・諏訪社・稲荷社を合祀しています。

馬見塚神明社
馬見塚神明社の概要
社号 神明社
祭神 大日孁貴命
相殿 -
境内社 八幡社、天神社、伊奈利社、宇賀御魂命、三峰、塞神
祭日 -
住所 行田市馬見塚731
備考 旧村社



馬見塚神明社の由緒

馬見塚神明社の創建年代や由緒については不詳ですが、馬見塚字上の鎮守であったといいます。明治4年に村社に列格、明治42年に馬見塚の久伊豆社・諏訪社・稲荷社を合祀しています。

埼玉県神社庁「埼玉の神社」による馬見塚神明社の由緒

鎮座地馬見塚の地名の由来は、「風土記稿」によると村内東部の御堂塚付近に、昔、馬市が立ち、塚の上から馬の良否を見分けたことによるという。また、「成田分限帳」に記載されている、馬見塚三河を名乗る武士は、当地の住人であったであろうといわれる。
当社の創立は「明細帳」には「古老ノ口碑ニ拠ルニ往古伊勢神宮ノ分霊ヲ這ノ地二勧請ナシタルモノナリシト当時氏子凡三拾余戸ニテアリシカ自然一村挙テ崇敬スル所トナリ依テ当村ノ鎮守ト尊崇セリ」とある。往時の別当は、真言宗薬王山善林寺西善院が務めていた。
明治初めの神仏分離により寺の管理を離れ、明治四年に村社となり、同42年には同村同太字字書際の久伊豆社・諏訪社・稲荷社が本殿に合祀された。当地は、元は上・下に分かれ、上の鎮守が当社であり、下の鎮守が久伊豆社であった。
祭神は、大日孁貴命である。神明造りの本殿は昭和42年の再建である。内陣には「稲荷大神 久伊豆大神 諏訪大神」と「神明大神」と記された神璽二体と祭神名不詳の神璽一体を祀る。神璽の墨書に「明治二己巳年五月廿日 神社混淆御役人共忍表岡村覚太郎与神人罷越御幣引替申候 御幣箱大工巳之助作之」とあり、神仏分離当時の様子をうかがい知ることができる。(埼玉県神社庁「埼玉の神社」より)


馬見塚神明社の周辺図


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