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萬福寺。深谷市武蔵野にある真言宗智山派寺院

萬福寺の概要

真言宗智山派寺院の萬福寺は、八幡山と号します。萬福寺の創建年代は不詳ながら、江戸時代には弥陀山無量寿院満福寺と号していたといいます。当地は、猪俣党飯塚掃部氏行の館跡だと言われ、空堀の一部が残っています。

萬福寺
萬福寺の概要
山号 八幡山
院号 -
寺号 萬福寺
住所 深谷市武蔵野474
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 -
備考 -



萬福寺の縁起

萬福寺の創建年代は不詳ながら、江戸時代には弥陀山無量寿院満福寺と号していたといいます。

新編武蔵風土記稿による萬福寺の縁起

(飯塚村)満福寺
同宗にて児玉郡栗崎村宥勝寺末、弥陀山無量寿院と云、本尊大日を安す(新編武蔵風土記稿より)


萬福寺所蔵の文化財

  • 萬福寺の板石塔婆

萬福寺の板石塔婆

板石塔婆は、一三世紀はじめの鎌倉時代から一六世紀末の江戸時代のはじまりにかけて全国的に見られる石製の供養塔の一種です。
関東地方では、製作された板石塔婆の多くの石材が長瀞周辺の結晶片岩を利用していたため「青石塔婆」とも呼ばれています。
この板石塔婆は、死者に対する追善供養や死後における極楽往生を願って盛んに製作されました。この時期仏教が、当時の武士たちに鎌倉仏教として広く信仰され、武蔵武士の本拠地であった県内には現在約二万基にのぼる板石塔婆が所在しており、質・量ともに全国一の規模を誇っています。
この萬福寺の板石塔婆も、長瀞周辺の石材を材料としているものと思われます。
この板石塔婆はその中でも双式板石塔婆と呼ばれるもので、一枚の石材に二基分の種字が彫られているものです。このタイプの板石塔婆は県内でも類例が少なく、現在のところ町内ではこの一基のみで、貴重なものと言えます。
表面に彫られているのは阿弥陀三尊を意味する梵字で、蓮座の上に阿弥陀如来(キリーク)、その下に向かって左側に勢至菩薩(サク)、右側に観音菩薩(サ)が配されています。建立年は下側半分が欠損しているため判明しません。
また、現在の萬福寺のある場所は中世武蔵武士の猪俣党の流れをくむ飯塚(掃部)氏行の館があったと言われ、本堂裏に当時の空堀の一部が残っています。平成元年四月、町指定文化財に指定しました。(深谷市教育委員会掲示より)


萬福寺の周辺図


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