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猫の足あと

薬王寺。上尾市浅間台にある真言宗智山派寺院

薬王寺の概要

真言宗智山派寺院の薬王寺は、瑠璃山と号します。薬王寺の創建年代等は不詳ながら、本尊台座に正應五年(1292)の銘が残されているといいます。元文3年(1738)に僧慧宝が中興、明治5年廃寺となったといいます。足立新秩父三十四ヶ所霊場3番です。

薬王寺
薬王寺の概要
山号 瑠璃山
院号 -
寺号 薬王寺
本尊 薬師如来像
住所 上尾市浅間台3-7-5
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 -
備考 -



薬王寺の縁起

薬王寺の創建年代等は不詳ながら、本尊台座に正應五年(1292)の銘が残されているといいます。元文3年(1738)に僧慧宝が中興、明治5年廃寺となったといいます。

新編武蔵風土記稿による薬王寺の縁起

(沖之上村)薬王寺
新義真言宗、柏座村日乗院の末、瑠璃山と號す、本尊薬師を安せり、中興の開山を法印慧寶といふ、寶暦三年十二月廿七日示寂す。(新編武蔵風土記稿より)

「上尾の神社・寺院」による薬王寺の縁起

非法人のため記載なし(「上尾の神社・寺院」より)

「上尾の神社・寺院」による薬王寺の縁起

この度衆議一決して精舎を新改築しようと発願し関係者の理解と協力により明治五年十一月の廃寺以来百有五年にして改築を達成し茲に落慶を見るに至りました。一同のよろこびはこれに過ぎるものはありません。
昨年秋発見されました当薬王寺の棟札によれば本寺本尊は薬師瑠璃光如来で行基菩薩の作といわれ本尊台座に正應五年四月十八日と記されており(六百八十五年前)新義真言宗西光山日乗院の末寺として曽てこの地に存在し今を去る二百四十年の昔元文三年戊午の夏五月僧慧宝が住職であった頃は有れ寺で夏は朽ちた庵の上を蛍が飛び交い、冬は家の中にも霜がおり雪も積るように野外も同然の有様であったという。そこで中興の慧宝は同年七月依頼再興の意を固めて僅かずつの寄進を得て翌元文四年初二月には材木も整い小屋組みを固めたというまでに至ったところ、突然隣家からの出火で類焼したとともに建築の材料も焼失してしまったが幸い本尊並に日光月光の二脇士とが無事であったので残材を基にして、初願のとおり同年夏四月に建立することができた。これは偏に本尊瑠璃光如来二脇士十二神将の恩加護と僧俗一致協力の賜であるという意が記されてある。尚発見された短札の記録によると本寺日乗院の僧秀桂は後に正円寺(昔堤崎にあった)の住職となっており、その子孫の僧元映の棟札の原稿を教え清書したと記されて、主は慧宝の弟子慧浄で、字は泰賢俗名は藤野氏、埼玉郡騎西領割目村(現加須市割目六〇七)の桂昌寺(現桂性寺)の住職であったことが記されております。(境内石碑(「上尾の神社・寺院」より)


薬王寺の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「上尾の神社・寺院」(上尾市教育委員会)



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