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領家椿堂。上尾市領家にある天台宗寺院

領家椿堂の概要

天台宗寺院の領家椿堂は、上尾市領家にある椿堂です。領家椿堂の創建年代等は不詳ながら、本山派修験林蔵院(明治4年廃寺)が所有していた地蔵堂で、椿の古木があるところから椿堂と呼ばれてきたといいます。

領家椿堂
領家椿堂の概要
山号 -
院号 -
寺号 地蔵堂
住所 上尾市領家
宗派 -
葬儀・墓地 -
備考 -



領家椿堂の縁起

領家椿堂の創建年代等は不詳ながら、本山派修験林蔵院(明治4年廃寺)が所有していた地蔵堂で、椿の古木があるところから椿堂と呼ばれてきたといいます。

新編武蔵風土記稿による領家椿堂の縁起

(領家村)地蔵堂
前に椿の古木二株あり、土人椿堂と稱し、林蔵院の持。(新編武蔵風土記稿より)

「上尾の神社・寺院」による領家椿堂の縁起

該当記載なし(「上尾の神社・寺院」より)

埼玉県・上尾市掲示による領家椿堂の縁起

椿堂は、かつては本山派修験に属する林蔵院(明治四年に廃寺)の所有で、椿の古木があるところから土地の人は古くから椿堂と呼んでいる。
この名にちなんで「うぐひすの 笠落したる 椿かな」の芭蕉の句碑が建てられている。
この句は、芭蕉四十八歳の作で元禄三年(一六九〇)二月六日、伊賀の百歳子という人の家で詠まれたものといわれている。
うぐいすの笠とは普通梅の花のことをいうが、これをもじって、落ち椿をうすいすの落した笠と見たてたものである。
句碑の裏面には、天保五年(一八三四)正月、無礙庵雙杜という土地の俳人の米寿(八十八歳)を祝って友人達が建てたと記されている。無礙庵は畔吉村(上尾市)の人で、一八世紀に江戸を中心に活躍した俳人大島寥太門人である。
また、この裏面の文章を書いたのは、旧中分村(上尾市大字中分)の松日庵伊圭という人で、俳句や書にもすぐれていた。伊圭は俳号で、書では完里の号を用いていた。(埼玉県・上尾市掲示より)


領家椿堂の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「上尾の神社・寺院」(上尾市教育委員会)



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