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原市神明神社。上尾市原市の神社

原市神明神社の概要

原市神明神社は、上尾市原市にある神社です。原市神明神社の創建年代等は不詳ながら、お伊勢参りが流行した江戸時代末期に創建したのではないかといいます。

原市神明神社
原市神明神社の概要
社号 神明神社
祭神 天照皇大神
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 上尾市大字原市、原市六区会館
備考 -



原市神明神社の由緒

原市神明神社の創建年代等は不詳ながら、お伊勢参りが流行した江戸時代末期に創建したのではないかといいます。

新編武蔵風土記稿による原市神明神社の由緒

(原市村)
該当記載なし(新編武蔵風土記稿より)

「上尾の神社・寺院」による原市神明神社の由緒

記載なし(「上尾の神社・寺院」より)

「埼玉の神社」による原市神明神社の由緒

記載なし(「埼玉の神社」より)

境内掲示による原市神明神社の由緒

神明神社由緒記
当社の鎮座するこの地は、古くは武蔵国足立郡原市村といいます。そしてすぐ西側には現在第二産業道路の一部となっている古道菖蒲街道が走っており、南は大門を経て鳩ヶ谷に、北は菖蒲へと通じています。江戸時代ー脇街道なれど本道(中山道)にもことならずーと記され大変栄えたものです。
さて、明治初年に編纂された「武蔵国郡村誌」は当社について次のように書いております。
「神明社 平社々地 たて九間八分よこ六間五厘 面積五十九坪 町の東南にあり、天照大神を祭る 祭日九月二十日」
当社の創建ははっきりしませんが、地元の人々には昔からシンメイサマとして崇敬され今日に及んでいます。
そもそも「神明社」とは伊勢神宮に係わる名称で全国に一万数千を数えるといわれていいます。伊勢信仰は江戸後期に”お伊勢参り”などと称して爆発的に流行しました。恐らく当社は、明治初年の記録にもあることから江戸末期にはすでに鎮座していたものと推測されます。
最近ともに荒廃が目立つようになりました。そこで旧社を撤去し、全面的に建て替えることとし、ここにようやく完成をみた次第であります。
現在当地の変動は誠に著しいものがありますが、郷土の発展と子孫の繁栄をシンメイサマは静かに見守っておられることと信じます。
平成三年七月吉日 神明神社新築を記念して(境内掲示より)


原市神明神社の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「上尾の神社・寺院」(上尾市教育委員会)
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)