市杵島神社|練馬区豊玉北の神社
市杵島神社の概要
市杵島神社の創建は不詳ですが、新編武蔵風土記稿や北豊島郡誌に記載があることから、江戸時代には存在していました。
| 社号 | 市杵島神社 |
|---|---|
| 祭神 | 市杵島姫命 |
| 境外社 | 林稲荷神社 |
| 相殿 | - |
| 住所 | 練馬区豊玉北2-17 |
| 備考 | - |
市杵島神社の由緒
市杵島神社の創建は不詳ですが、新編武蔵風土記稿や北豊島郡誌に記載があることから、江戸時代には存在していました。
練馬区教育委員会掲示による市杵島神社の由緒
「新編武蔵風土記稿」中新井村の項に「弁天社2、1は正覚院、1は村民の持」とあるが、何れが当社かは分からない。「北豊島郡誌」中新井村の項には「[弁天に雨乞い]大字中新井字弁天にあり、小池の中にある古き祠なりしが、大正年中改築せり、伝へいふ旱天の時この池を浚へば即ち雨ふるよし、今も農民等の雨を祈るために此の池を浚ふことありと」と記している。
市杵島姫命は九州福岡宗像神社中津宮の神で、海神の三女神の一柱であるが、後に厳島神社と混同したのか、弁財天とされてしまった神である。しかし当社の由緒は不詳である。
以前は旧社殿を囲むように池があったが、昭和20-30年代に周囲の開発に伴って水がかれ、やがて埋め立てられてしまった。その池の橋石(二本の平たい長方形の石)は当時の場所に残っている。平成6年、社殿は鉄筋コンクリート造りとなり、鳥居も新しくなった。
なお境内には、昭和初期に、区画整理によって移ってきた石造の不動明王(明治40年)や地蔵尊(宝永5年1708)などがある。
境内には一抱えもあるエノキがある。なお夜泣きの子を治すまじないとして境内のヒバの葉を枕の下にして寝かすと治るとの言い伝えがあり、治るとお礼にヒバの種子を境内に播く風習があった。
市杵島神社の周辺図
大きな地図で見る

市杵島神社社殿