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井口稲荷|練馬区関町北の神社

井口稲荷の概要

井口稲荷は、天祖神社と若宮八幡宮が昭和49年に合祀して井口稲荷となりました。天祖神社は、もと三十番神社と称して、別当本立寺、関村の鎮守でした。明治維新の廃仏毀釈により三十番神社を天祖神社と改称し関村村社となり、明治41年に溜淵の厳島神社を合祀、大正2年に竹下の厳島神社を溜淵厳島神社に合祀しました。一方の若宮八幡宮は武蔵関塞守護神で、当関廃止後に長い年月を経て、天祖神社の境内になたっと言われています。

井口稲荷
井口稲荷の概要
社号 井口稲荷
祭神 宇迦御魂命
境内社 -
相殿 -
住所 練馬区関町北2-32
備考 関村鎮守、関村村社



井口稲荷の縁起

井口稲荷は、永禄13年(1570)伊豆国伊東の地に、井口但馬守平義久公が、自らの始祖始祖三浦平太夫為道公をはじめ18代の先祖を尊んで造立され、慶安2年(1649)当地へ移築しました。

練馬区教育委員会掲示による井口稲荷の縁起

この稲荷社は、中世、三浦半島に勢力を張っていた三浦氏の系譜に連なる関町付近の井口氏が、代々祀ってきたものです。
創建の年代について詳しいことはわかっていませんが、井口家では次のように伝えられてきました。
永禄13年(1570)伊豆国伊東の地に、三浦氏(井口氏の出自)の始祖三浦平太夫為道公をはじめ18代の先祖を尊んで、井口但馬守平義久公が領主となり、井口稲荷大明神を造立した。
慶安2年(1649)伊豆国伊東の地より、武蔵国豊島郡関村矢倉台(現在地の当時の地名と推定される)の地に移築され、開堂供養した。云々。
現在の社殿は昭和48年(1973)に移築され、境内には寄進された赤鳥居8基があります。
毎年2月の初午は、関町付近の各井口家、その関係者、地元商店街の諸家、一般参詣者で賑わい、井口一族の菩提寺である日蓮宗本立寺住職が読経し催事を行った後、参詣者が各々祈願します。「病気の時お参りしてから医者にゆくとなおる」とされていて、現代でも絵馬や赤鳥居が奉納され、その信仰が今日に受け継がれていることを知ることができます。(練馬区教育委員会掲示より)


井口稲荷の周辺図


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参考資料

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