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最勝院|港区芝公園にある浄土宗寺院

最勝院の概要

浄土宗寺院の最勝院は、寛永3年(1626年)に亡くなった二代将軍徳川秀忠公の正室であるお江(祟源院殿昌譽仁清大禅定尼)の位牌を祀る御靈屋の別当として、然譽願秀が最勝軒として創建、明治20年天神谷より当地へ移転したといいます。

最勝院
最勝院の概要
山号 -
院号 最勝院
寺号 -
住所 港区芝公園2-11-25
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



最勝院の縁起

最勝院は、寛永3年(1626年)に亡くなった二代将軍徳川秀忠公の正室であるお江(祟源院殿昌譽仁清大禅定尼)の位牌を祀る御靈屋の別当として、然譽願秀が最勝軒として創建、明治20年天神谷より当地へ移転したといいます。

境内掲示による最勝院の縁起

最勝院由緒
寛永3年(1626年)に創建された浄土宗大本山増上寺の塔頭(たっちゅう)寺院
同年9月15日に亡くなられた二代将軍徳川秀忠公の正室であるお江(ごう)の 法号(戒名)祟源院殿昌譽仁清大禅定尼(すうげんいんでん しょうよ わこう じんせい だいぜんじょうに)の位牌を祀る御靈屋(おたまや・この建物は鎌倉建長寺の佛殿として現存)の別当として増上寺境内に創建された。
当初は最勝軒といい、天神谷(現在の芝公園グランド交差点辺り)にあり 明治20年現在地に移っている。寺宝に、お江の方所用と伝えられる持蓮華(じれんげ)の阿弥陀如来立像などがある。
また、昭和6年から10年まで、作家吉川英治氏が当最勝院に借家住まいし、「親鸞」(浄土真宗 祖師)などを執筆している。(境内掲示より)

「芝區誌」による最勝院の縁起

最勝院 芝公園第十四號地十番
寛永三年九月十五日、然譽願秀が現在の十四號地十番の地に開創した。初め最勝軒と稱したが、後に最勝院と改め、御靈屋守護の職に當つてゐた。明治二十二年三月現在地に新築した。(「芝區誌」より)

「東京名所図会」による最勝院の縁起

最勝院
祟源院殿の別當なり。初めは最勝軒と號せしが。後ち院に改む。寛保元年二月廿八日。天英院殿御入棺の後兼職を命せらる。
舊宿坊
秋田山城守、小笠原相模守、井伊右京太夫(「東京名所図会」より)



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