芝大神宮|港区芝大門にある神社
芝大神宮の概要
芝大神宮は、港区芝大門にある神社です。芝大神宮は、平安時代の中頃(1005)に伊勢の内外両宮の御分霊をまつり鎮座したといいます。天正19年(1591)徳川家康より社領5石の朱印状を拝領、明治時代に入ってからは准勅祭社・府社に列格していました。東京十社の一つです。
| 社号 | 芝大神宮 |
|---|---|
| 祭神 | 天照大御神、豊受比売命 |
| 相殿 | - |
| 境内社 | - |
| 住所 | 港区芝大門1-12-7 |
| 備考 | 旧府社、准勅祭社、東京十社 |
芝大神宮の由緒
芝大神宮は、平安時代の中頃(1005)に伊勢の内外両宮の御分霊をまつり鎮座したといいます。天正19年(1591)徳川家康より社領5石の朱印状を拝領、明治時代に入ってからは准勅祭社・府社に列格していました。東京十社の一つです。
芝大神宮所蔵の文化財
- 芝大神宮の力石(港区指定文化財)
- 建部巣兆の箱根詣図(紙本墨画淡彩)
- 足利直義御教書
- 吉良氏朱印状
芝大神宮の力石
力石は重い石を持ち上げて「力競べ」や「曲持ち」を行った際に使用した石である。特に、江戸時代後期の文化・文政期には、職業的な力持ち力士による興行が行われるようになった。
芝大神宮の力石は、「五十貫余」の切付とともに、「川口町 金杉藤吉」の名前がある。これは、明治時代に活躍した有名な力持ち力士のひとり、芝金杉川口町の山口藤吉(慶應三年生)、通称「金杉の藤吉」のことである。芝大神宮で力持ちの興行が行われた時、金杉の藤吉がこの石を片手で差し上げたと伝えられている。
港区内には、全部で十四点の力石が確認されているが、こうした力持ち力士の伝承がともなっているのはこの芝大神宮の力石のみであり、都市の力石の民俗を知る資料として貴重なものである。(東京都港区教育委員会掲示より)
芝大神宮の文化財
社伝によれば平安時代の中頃(1005)に伊勢の内外両宮の御分霊をまつり鎮座されたといわれる区内有数の古社である。
毎年九月中旬には「だらだら祭」とよばれる祭礼がおこなわれ、江戸時代より現在まで生姜、甘酒などが境内で売られていることでも地元とのつながりが深い。
所蔵する文化財として、絵画では江戸末期の建部巣兆の箱根詣図(紙本墨画淡彩)などがある。古文書では建武四年(1337)正月七日の足利直義御教書(勝利の祈祷を依頼したもの)、天正十六年七月二十四日の吉良氏朱印状がある。(東京都港区教育委員会掲示より)
芝大神宮の周辺図
大きな地図で見る

芝大神宮鳥居
