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龍土神明宮|港区六本木の神社、港区七福神の福禄寿

龍土神明宮の概要

龍土神明宮は、港区六本木にある天祖神社です。龍土神明宮は、飯倉城山に至徳元年(一三八四)創祀したと伝えられ、品川沖から毎夜、竜が灯明を献じたということから「竜燈山」と称されたといいます。江戸城改築の際、元和年間(1615-1624)当地へ移転、龍土神明宮と呼ばれたといいます。明治12年村社に指定、大正15年撰幣帛料供進社に定められたといいます。港区七福神の福禄寿です。

龍土神明宮
龍土神明宮の概要
社号 天祖神社
祭神 天照大御神、伊邪那岐命、伊邪那美命
相殿 -
境内社 満福稲荷社
住所 港区六本木7-7-7
祭日 9月21日
備考 -



龍土神明宮の由緒

龍土神明宮は、飯倉城山に至徳元年(一三八四)創祀したと伝えられ、品川沖から毎夜、竜が灯明を献じたということから「竜燈山」と称されたといいます。江戸城改築の際、元和年間(1615-1624)当地へ移転、龍土神明宮と呼ばれたといいます。明治12年村社に指定、大正15年撰幣帛料供進社に定められたといいます。

「東京都神社名鑑」による龍土神明宮の由緒

至徳元年(一三八四)八月十六日、飯倉城山に、はじめて祀られたと伝えられる。品川沖から毎夜、竜が灯明を献じたということから「竜燈山」といわれたとも伝えられる。元和年間(一六一五-二四)、江戸城郭改築のさいの社寺移転に伴い現在の地に鎮座、竜燈からとって、この地を竜土と呼ぶようになり、神社の名前も竜土神明宮と称えられる。将軍家、諸大名の尊崇篤く、江戸三カ所の神明の一つとして文、武と官の信仰が厚い。青山大火により社殿焼失、明治年間社殿等を再建されるが、昭和二十年五月の帝都大空襲により、手水舎一棟を残して焼失した。(「東京都神社名鑑」より)

「麻布區史」による龍土神明宮の由緒

天祖神社(村社)龍土町二三
祭神天照大神・伊邪那岐命・伊邪那美命、大祭九月二十一日。當初は神明社と稱し至徳元年八月十六日飯倉城山に創立されたが、元和年間御用地に召上られ現地に移つた。『武蔵國豊島郡麻布龍土山神明宮縁起』に「江府所在三所之神明其中之一也、昔號龍燈山神明、所以然者、草創之時自品川浦以龍燈来献之故也」云々と見える。中古、道灌の再興修補するところとなり、祭田方五町を寄せられた。維新前の別當は長泉寺であつた。
明治十二年七月八日村社に指定され、大正十五年九月二十一日神撰幣帛料供進社に定められた。社殿は権現造、氏子は一千三十戸あり、其の區域は龍土町・新龍土町・六本木町・材木町大部より三河臺町の大部分に及んでゐる。(「麻布區史」より)


龍土神明宮の周辺図




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