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正覚寺|江東区深川にある浄土宗寺院

正覚寺の概要

浄土宗寺院の正覚寺は、大音山響流院と号します。正覚寺は、正源寺を創建した専蓮社南誉上人白玄和尚(寛文10年1670年寂)が寛永6年(1629)に創建、南誉上人白玄和尚が熊谷寺から戻って後、上人の隠居寺なっていたといいます。

正覚寺
正覚寺の概要
山号 大音山
院号 響流院
寺号 正覚寺
住所 江東区深川2-22-5
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



正覚寺の縁起

正覚寺は、正源寺を創建した専蓮社南誉上人白玄和尚(寛文10年1670年寂)が寛永6年(1629)に創建、南誉上人白玄和尚が熊谷寺から戻って後、上人の隠居寺なっていたといいます。明治6年に解体された東都三十三間堂の本尊観世音菩薩像は当寺に移管されたといいます。

御府内寺社備考による正覚寺の縁起

深川正源寺末 深川万年町
大音山響流院正覚寺、境内除地六百坪
起立之儀者寛永六年五月本時開山南誉白玄と申僧開基仕深川○当院火葬場ニ○極候処遂ニ市中程近ニ相成候ニ付只今之砂村新田ニ引移申候。
開山専蓮社南誉白玄和尚承応三年正源寺熊谷宿熊谷寺ニ移転いこう万治二年帰江当寺に隠居仕寛文十年五月廿二日卒。
客殿、間口七間半奥行七間。本尊阿弥陀如来、木坐像丈二尺二寸。左右観音勢至、木立像丈六尺一寸。善導大師、木立像丈一尺九寸。円光大師、同。開山像、木造丈一尺九寸。縫曼荼羅、観経九品書竪四尺二寸横三尺六寸。同書図曼荼羅。竪横共四尺二寸勢州山田西光院騰阿和尚筆、右ハ勢洲津十人中条瀬号寄附。多聞天、木立像丈五寸五寸。
鎮守社、四尺ニ七尺。秋葉大権現、木像丈五寸五分。豊川稲荷大明神、木像丈四寸五分。
観音堂。土蔵作方二間。(中略)
六字名号石一基。増上寺四十七世観誉弁秀大和尚筆。
当寺境内享保年中迄ハ五百十六坪と書上候処享保九年坪数ない改調之以後六百坪と書上来候。
以上戌子書上。(御府内寺社備考より抜粋)

江東区の民俗深川編による正覚寺の縁起

正覚寺
開山上人は白玄で、寛永六年(1629)に創建されたという。富岡八幡宮の東隣にあった深川三十三間堂が明治五年(1872)に廃寺となり、古文書や本尊(俗称頭痛除の千手観音)は正覚寺に移されたが、大震災で観音像は焼失してしまう。ただ、昭和六一年(1986)、三十三間堂の本尊の二分の一の大きさで千手観音坐像が完成したという(「仏さまのしおり」)。
この千手観音坐像は正覚寺と道路反対側にある「はごろも御廟」に現在納められている。はごろも御廟は壁面に大きな天女のタイル画があり、コンクリート六階建てで、中には普通の墓石が並ぶというユニークな墓地建物である。(江東区の民俗深川編より)


正覚寺所蔵の文化財

  • 東都三十三間堂旧記(江東区指定有形文化財)

正覚寺の周辺図


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