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大島愛宕神社|江東区大島の神社、旧中之郷出村の鎮守

大島愛宕神社の概要

大島愛宕神社は、江東区大島にある愛宕神社です。大島愛宕神社の創建年代は不詳ですが、当初成就寺(墨田区中之郷、現在は江戸川区平井へ移転)境内に祀られていたといいます。寛永年間(1624-1644)に中之郷の村民が大島(中之郷出村)へ移住したことから、村民が成就寺に示談して、元禄年間(1688-1704)大島(中之郷出村)へ遷座、大正2年に氏子区域の中央にあたる当地へ遷座しました。江戸時代後期には、俳人の小林一茶(1763-1827)が当社に仮住まいをしていたと考えられています。

大島愛宕神社
大島愛宕神社の概要
社号 愛宕神社
祭神 火産霊命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 江東区大島2-15-4
備考 旧中之郷出村の鎮守



大島愛宕神社の由緒

大島愛宕神社の創建年代は不詳ですが、当初成就寺(墨田区中之郷、現在は江戸川区平井へ移転)境内に祀られていたといいます。寛永年間(1624-1644)に中之郷の村民が大島(中之郷出村)へ移住したことから、村民が成就寺に示談して、元禄年間(1688-1704)大島(中之郷出村)へ遷座、大正2年に氏子区域の中央にあたる当地へ遷座しました。

江東区掲示による大島愛宕神社の由緒

愛宕神社(小林一茶旧居)
愛宕神社は、もと本所中之郷(墨田区)の成就寺境内にまつられていたものを、中之郷の村民の移住とともに大島へ移転したものです。
江戸後期の俳人、小林一茶(1763-1827)は、享和3年(1803)から文化5年(1808)にかけての句帳や日記に「本所五ッ目愛宕山」と記しており、40代前半の一時期を愛宕神社に仮住いしていたものと思われます。(江東区掲示より)

新編武蔵風土記稿による大島愛宕神社の由緒

中之郷出村。愛宕社
村の鎮守なり。中之郷町成就寺持。
末社稲荷。(新編武蔵風土記稿より)

「江東区の民俗城東編」による大島愛宕神社の由緒

「神社明細帳」によれば、この鹿は本所中之郷成就寺境内にあり、元禄年中(一六八八~一七〇四)に、村の者が成就院に示談して、この村に曳き移した。『南葛飾郡神社要覧』によれば、寛永年間(一六二四~四四)に中之郷村の者の移住とともに大島二丁目六六番地に移転し、大正一二年に氏子区域の中央である現在地に遷った。この社以外に亀戸の自性院も本所の成就寺から城東地域に転入している。『むかし墨田にあったお寺』によれば、成就寺は本所区中之郷竹町二七番地(現墨田区吾妻橋1ー十四)にあり、寺伝によれば嘉祥元年(八四八)に慈覚大師創建といい、昭和四年(一九二九)に江戸川区平井に移転したという。戦災により、社殿などは焼失し、長く仮殿だったが、近年再建した。(「江東区の民俗城東編」より)


大島愛宕神社所蔵の文化財

  • 石造鳥居(明治40年在銘)(江東区登録文化財)

大島愛宕神社の周辺図


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